2020年2月16日 (日)

利己的な遺伝子論とディスクリミネーター論(No. 388)

(1)人間の行動と進化論
かつて生物学者は動物の行動は種の保存という言葉で説明できると言っていた。ところがハヌマンラングールというサルの一種が子殺しを行っているのを観察してからは動物の行動が種の保存では説明できないと主張し始めた。このサルは一夫多妻制の群れを構成していて、クーデターで群を乗っ取った新しいオスが、その時にいた赤ん坊サルを皆殺しにし、メスに自分の子を産ませる。この行為が種の保存では説明できず、自分の遺伝子をできるだけ多く残そうとする利己的な遺伝子論が支持されたとしている。しかし新しいオスは自分の子どもを産ませて育てさせるのであり、種の保存に害になるわけではない。このような子ザルの入れ替えは、強いオスを選んでいるとも言えるわけで種を保存の能力の向上に役立っていると言えなくも無い。

『利己的な遺伝子』という本を書いたリチャード・ドーキンスによれば生物はできるだけ多く自分の遺伝子が残るように行動する。その行動を利己的と表現している。それに対して筆者は、人間は本来種の保存のために行動しているのであり、人間の行動を支配しているのはディスクリミネーターであるとした。

ここでは利己的な遺伝子論とディスクリミネーター論を比較する。人間はサルから進化した動物である。人間の体のあらゆる部分や人間の行動は、人間が子孫を残し人類が生き延びるために(種の保存のために)都合がよいようにできている。非常に長い時間をかけ自然淘汰により『改良』が重ねられてきた。手足、脳、心臓、肺、胃、腸、生殖器などあらゆる部分は子孫を残すのに都合のよいようにできている。ただし自己保存も子孫を残すためと考える。生き延びるためのほんの少しの違いが決定的な違いになる。例えばネアンデルタールは喉の奥が短いため、文節言語を発声する能力が低くコミュニケーションがうまくできなかったためにヒトのように生き延びられなかったといわれている。

人間の行動も「子孫を残すために、あるいは種の保存のために」最適化されている。進化の結果そのような動物だけが選ばれて生き残ったわけである。かつて動物は種の保存のために行動すると言われていたが、それに反する事例が次々見つかった。進化は、特定の行動を引き起こす遺伝子が増える事によって引き起こされる。自分の遺伝子をできるだけ多く残すように行動した結果特定の遺伝子を持つ個体が増加するする。つまり人間の行動は「自分の遺伝子を残すために」最適化されているのだが、その結果「人間は子孫を残すために行動している」あるいは「人間の生きる目的は子孫を残すため」と言っても差し支えない。実は子孫を残すということと種の保存は意味としてかなり近い。人間の行動は快不快、幸不幸により支配されている。つまり子孫の残すために好都合な行動は快感であり、幸福を感じ頻繁に引き起こされ、不都合な場合は不快であり、不幸と感じ避けようとする。

この事を次のように表現しよう。人間の行動を支配しているのはディスクリミネーターという判定機であり、子孫を残すため(種の保存のため)に良いならプラスとなり、悪いならマイナスになる。快感、美しい、美味しい、幸福という状態はプラス、醜い、まずい、不快、苦痛、不幸の状態はマイナスであり、将来的に善悪の定量的分析が可能になる。

我々が気付かないうちに、我々はこのディスクリミネーターに思想も行動も完全に支配されている。例えば「動物を人間の食料にする」ということは、全く自然に受け入れられ日常普通に行われていることである。それではその逆はどうだろう。つまり
「人間を動物の食料にする」
ということになる。もちろんあなたはそのような考えを持ったことがないだろう。またそんな考えを持った人の話は聞いたことがない。数学者であれば、どの命題であってもその逆を自由に考えることができる。しかしどんなに自由に思想を展開できると思っている人でもこんなぶっそうな思想を持つことはできない。「人間を動物の食料にしよう」という考えはどんな凶悪な殺人犯の心の片隅にすら思いつかないことである。このことから、いかにディスクリミネーターによる思想統制が強烈であるかが分かる。もちろんライオンであれば人間をライオンの食糧にしようと思っていたとしても不思議ではない。

「なぜ人を殺してはいけないか」は種の保存を考えれば当然だ。「戦争ではなぜ人を殺してもよいのか」という問いに対しては、太古の時代人間は縄張りを持って数十人単位のムラで暮らしていた。食糧難になったとき、隣のムラから食糧を取って来なければ生き延びられなかった。この時はムラ人が協力して隣のムラと戦うしか無く、隣のムラの人を殺すことは善ということとなった。このような戦いを繰り返すことにより、人間は協調性を獲得した。ネアンデルタールとの戦いでコミュニケーション能力のすぐれたホモサピエンスが勝ったとも考えられ、仲間のための行動が進化したと考えられる。ただし核兵器が開発されて以降、核戦争には勝者はいないことを人類は知った。それ故に、戦争は絶対悪となった。ただし通常兵器による小規模な戦争は無くなっていない。

(2)人間の思想と行動を支配するディスクリミネーター

人間の行動はすべてがディスクリミネーターによって支配されており、ディスクリミネーターは種の保存という意味で合目的に作られているということは、筆者は『小野盛司 「人間の行動と進化論―ドーキンスの利己的遺伝子説の限界とその改良―」ナビ出版(1999)』という本の中で詳しく述べたので、ここではそのごく一部のみを紹介しよう。
では芸術は種の保存とどのように関係しているのだろう。芸術作品の代表的なものを見てみよう。ミロのヴィーナスはどうであろう。これは裸体の女性であり性欲を引き起こすものだから、生殖のための行動を誘発するもの(ディスクリミネーター)があってそれが女体を見たときに美しいという信号を脳に送る。

さてミロのヴィーナスを見て美しいを感じる事に話しを戻そう。ディスクリミネーターがプラスになったことと、種の保存との関係は明らかだ。実際絵画、彫刻に女性の裸体は非常に多いことは、女性が男性を引き付けることが極めて子孫を残すに重要であることに対応している。映画、音楽、彫刻、絵画など一般に何らかで種の保存と関連はしていると思われるが、直接に種の保存に役立っているわけでなく、むしろ人為的にディスクリミネーターをプラスにしているわけであり、それが目的化している。

ディスクリミネーターの目的化は悪いことと思ってはならない。人は種の保存とは無関係にディスクリミネーターをプラスにする方法を多数発見した。言い換えると「ディスクリミネーターを人為的にプラスにする」方法である。これをディスクリミネーターの空作動(カラサドウ)と呼ぼう。
ディスクリミネーターの作動状態は次の四つに分類できる。

1.正常作動・・・種の保存にとって益になるときがプラス、害になるときがマイナ
スという本来のディスクリミネーターに従った作動をする状態
2.空作動 ・・・種の保存には益にも害にもならないが、人為的な方法等によりデ
ィスクリミネータをプラスにする状態
3.作動抑止・・・種の保存にとって害にならないのにマイナスになっている場合、
それを人為的な方法で消す状態
4.異常作動・・・種の保存にとっては害になるのにディスクリミネーターがプラスになるとき、または種の保存に益になっているのにディスクリミネーターがマイナスになる状態

本物の女性を見て美しいと感じるのは正常作動、ミロのヴィーナスを見て美しいと感じるのが空作動である。歯医者で治療を受けているとき痛みを感じる。歯の治療は種の保存(自己保存)に益になる。しかしそれでもディスクリミネーターはマイナスになるから異常作動。これに対し、心理療法とか麻酔で痛みを和らげたり、止めたりするのが作動抑止である。自殺しそうな人やひどく落ち込んだ人を励ますのも作動抑止である。宗教活動にはこういった事がよく行われている。カウンセリングも作動抑止である。

ドーキンスなど、進化生物学者は全ての生物は『自分の遺伝子を残すために行動』するのであって、『種の保存』のためではないと主張する。ドーキンスなどは、生物は種の保存のための行動など行うことはないとまで言い、一般の人の混乱と誤解を招く。これが進化論にとっての革命とでも言いたいのだろうが、実際は『自分の遺伝子を残すために行動』(これは自分の子孫を残すということだ)と『種の保存』ということは、かなり近い意味になっていて、一般の人で、どこが違うのかを言うことができる人は少ないだろう。ドーキンスは利他行動は進化しないと言っているが、実際は進化するということが、筆者を含む三人の研究者により示された(小野、三沢、辻(2003)Ono S, Misawa K, Tsuji K: Effect of group selection on the evolution of altruistic behavior. J Theor Biol; 2003 Jan 7;220(1):55-66 . PMID: 12453450.)。ドーキンス達は、利他行動とは自分の遺伝子を残すためには害になるが、他人が遺伝子を残すためには益になるというものと定義している。このように定義しても、利他行動の進化は可能というのが筆者達が示したことだが、実際は、利他行動(協力行動)のほとんどは、自分の子供を育てるには害にならないが、他人には益になるような行動だ。ドーキンスの定義する利他行動とは、自分が子孫を残すのが不可能にしてまで(例えば自分が死んでまでして)、他人に利益を与える行動だ。確かに、そんな行動を取る人は滅多にいないし、本能的に人間がそのような行動を取るとは思えない。だからと言って、人間は種の保存の行動を取ることはないと言うのは言い過ぎだ。

(3)マルチレベル選択 ・・・ 進化のしくみ
生物の進化に関して簡単に説明してみよう。自分の遺伝子を多く持つ子どもをたくさん産み育てる個体を利己的な個体と言い、自分の遺伝子を多く持たない子どもを育てるのに協力する個体を利他的な個体と言うことにする。
(a)個体レベルの選択
 モデル1
 Aという性質の個体とSという性質の個体が共存する世界を考える。
A:利他的な個体:他人の子育てを助ける
S:利己的な個体:他人より多くの子どもを産み育てる
このような仮定でシミュレーションを行うと、Sが増え続けAの割合が減る。つまりこのモデルでは利他行動は進化しない。この場合は人は争って自分の子どもを増やそうとするようになるはずである。しかし実際は日本は少子化でありたくさん子どもを産みたいと思っている人は少ない。
  その意味で利己的な遺伝子論の失敗例と言える。
ここで疑問になるのは子どもを一人でも多く産み育てることが自分の遺伝子を多く残す事になるかということだ。例えばライオンなど、増えすぎてエサとなる草食動物を食い尽くしたら、生きていけない。つまりこの場合子どもを多く産みすぎないことが自分の遺伝子を残すための必須条件となる。子どもを産みすぎないことこそが利己的な遺伝子の条件だ。結局子どもを産みすぎないことは仲間を守るため、種を守るためということであり。それは種の保存のためということになる。つまり利己的な遺伝子は種の保存が大前提となっている。種の保存がなされなければ自分の遺伝子は残せない。

なぜ進化生物学者は「種の保存」という言葉が大嫌いなのだろうか。昔、生物学者は「動物はすべて種の保存のための行動をしている」と説明していた。これを彼らは「古い生物学」と呼ぶ。新しい生物学は遺伝子をベースにしていて、シミュレーションをするとき「種の保存」を選択のレベルにすることは複雑すぎて不可能であるからだ。

 (b)群淘汰
モデル2 ・・・ 群のレベルの選択(利他行動が進化しないとき)
人が小さな群(部落)に別れて暮らしているとする。
A:利他的な個体:他人と同じくらい子どもを産み育てる、その群れの増加を助ける仕事もする。
S:利己的な個体:他人より多くの子どもを産み育てる。
このような仮定でシミュレーションを行うと、Aが多くいる群れが増えるが、群れの中ではSが増え続ける。群が混じり合ったり、突然変異が起きたりすると最終的にはSばかりになるのでAがいなくなり利他行動は進化しない
モデル3 ・・・ 群のレベルの選択(利他行動が進化するとき)
A:利他的な個体:他人と同じくらい子どもを産み育てる、その群れの増加を助ける仕事もする。
S:利己的な個体:他と同じくらい子どもを産み育てる。その群の増加を助けない。
このような仮定でシミュレーションを行うと、Aが多くいる群れが増えるので結果としてAが増えていく。群が混じり合っても同じ。Sが増える理由はない。
だから利他行動は進化する。群のレベルで選択が起こっておりこれを群淘汰という。

利他行動の獲得は郡淘汰だけではない。知能が発達した人間は協力行動が種の保存にプラスにはたらく事を知る。例えば農業を考えても、多くの人がたくさんの工夫をし、農機具を発明し生産を増やしていった。遺伝子の変化を待たなくても技術を言葉で伝えることができ、種の保存をより確実にできるようにした。農業以外のたくさんの分野でも同様である。
倫理・道徳・法律など、種の保存を容易にし、ディスクリミネーターをよりプラスにするために作られた。

  (c)種のレベルの選択
種の保存の能力が高ければ生き残れる。
サルから分化した人類の祖先の数は20種にもなった。その中で生き残ったのはホモサピエンスだけであるが、その理由の一つは肉食だったために脳が巨大化し知能が高かったこと。ネアンデルタールも同様に脳は巨大化していたが、喉の構造上ホモサピエンスのように会話能力が優れていなかったから生き残れなかった。つまり種の保存の能力が優れているもののみが生き残れる。これは利己的な遺伝子説では説明できない。
利己的な遺伝子説では個体レベルの選択だけだとし、群レベルや種レベルの選択は存在しないと主張している。しかし20の種から1つの種に選ばれたのは個体レベルの選択ではなく種レベルの選択である。だから「種の保存」のための行動を動物が行っていると表現しても間違いではない。

(4)ディスクリミネーターの解放
我々の社会はゆとりがでてくるにつれ、できるだけ多くの人のディスクリミネーターのプラスが大きくなるように、そしてマイナスを避けるように様々な工夫をしている。このように、種の保存を達成しながらディスクリミネーターを上昇させるよう社会を変えることを「ディスクリミネーターの解放」と呼ぼう。
誰も現代の社会がどちらの方向に向かって変化しているか気が付いていない。人類は数百万年もの間、ぎりぎりで種の保存が達成できる状態だった。こういう時代には、苦痛に耐える(ディスクリミネーターが強くマイナスになるような)行動も敢えて取らざるを得なくなるのだ。例えば人口が増えすぎたり、干ばつ等で食糧が不足したときなど、人は口減らし目的で生まれた赤ん坊や働けない老人を殺したりした。

ところが種の保存が容易に達成できるようになり、物があふれゆとりがでてきた現代においては、ディスクリミネーターがマイナスになるような行動は徹底して排除し、できるだけディスクリミネーターを上げるように工夫し始めたのだ。要するに快を求め不快を避けるということだ。これがディスクリミネーターの解放であり、それに合わせて法律を制定し、犯罪や善悪を定義し、道徳・倫理を定めた。どのように行動を取るべしと法律等を定めるとき、実は無意識のうちにディスクリミネーター解放の方針で行われていることがほとんどである。逆に言えば、今後新しい法律を考えるとき、そしてAIに善悪を教えるときはディスクリミネーターの解放の意味を充分理解しておくべきである。

ディスクリミネーターの解放の例
○[プラスにする](空作動が多く混じっている)
奴隷解放
人種差別撤廃
男女平等
身分制度撤廃
社会福祉の充実
労働時間が短縮され娯楽に使う時間が増える。
強制された労働でなく自分に適し楽しめる労働をするようになる。
レジャー施設の充実
旅行の増加
趣味が多様化し各自自分に合った楽しみ方をする。
性の解放
女性解放
風俗産業等の性欲を利用したレジャーが盛んになる。
食を楽しむ。
○[マイナスを防ぐ](作動抑止)
医学の発達により病気や手術の痛みを和らげ、苦しまなくても済むようになる。
法律を定め犯罪を防ぐ
セクハラ防止
公害問題の改善
戦後制定された労働三法は、労働者の権利を拡大し労働者の苦しみを和らげる働きをする。
戦後制定された憲法も基本的人権を認め、個人の苦しみを和らげる働きをしている。
離婚の増加(結婚生活による行動の制限の解除)
カウンセリングが盛んになる
現代のようにゆとりのある社会では、人間全体が利他的でなればなるほど、様々な作業の分業化が可能となり子孫保存・種の保存が容易に、そして生活が快適(ディスクリミネーターがプラス)になる。つまりディスクリミネーターの解放のためには、利己を押さえ利他を奨励することが重要である。セクハラの場合のディスクリミネーターは男性はプラス、女性はマイナスだ。だんだんゆとりが出てきた社会では、男性の性的快感は風俗で満たせばよいではないかということで、セクハラを禁止する。奴隷制度も奴隷を使わなくても機械化で十分ということになり、奴隷は禁止された。つまり時代の流れはディスクリミネーターのマイナスを少しでも無くそうという方向である。

このようにディスクリミネーター論では人間の進む方法を明確に示すことができる。それに反し利己的な遺伝子論はこのことに関しては全く無力である。

(5)善悪の基準
 未来社会はどのような経済システムが良いのかを考えるときは、善悪の基準は何なのかから出発する必要がでてくる。昔、食糧が足りなかった頃の物語では老女を山に捨てに行く。働けなくなった老人を山に捨てなければ子供に充分な食事を与えることができない。だから老女を山に捨てることはよいことということになっていた。働けなくなった老婆を山に運び自殺を助けようとした物語である。老女を山に捨てることが種の保存にとって好都合だから、これが良いこととなっていた。しかしこの物語では最後には老婆を連れ帰る。口減らしが必要な時代から不必要な時代への変遷を描写する内容になっている。食糧がだんだん豊富になってきたのだからもう口減らしで老人を捨てるという習慣は止めようと呼びかけているのである。つまり、食糧が豊富になることにより、老人を山に捨てることが善から悪へと変化する。
 例えばシジュウカラは、夜明けから日没まで餌を探し回らなければならず、一日に1000匹以上の虫を、巣に持ち帰らなければヒナを育てることができない。一日のほとんどすべての行動が種の保存のためのものになっている。
 人間の未来社会は、それとは対照的に機械化・ロボット化が進み食糧集めの仕事は人間にとってほとんど必要なくなる。そのようなときに人は何をするのか。それが貴族の生活であり、ディスクリミネーターの空作動又はディスクリミネーターの解放と表現した行動である。もともとディスクリミネーターは種の保存のための判定装置のようなものであったのだが、それが目的化し、それを人工的にプラスにするよう、またマイナスになるのを防ぐように行動する。この多くは種の保存とは無関係な行動だが、それが目的化したために、善悪の基準もディスクリミネーターのプラスマイナスで決まるようになる。つまり、ディスクリミネーターをプラスにすることが善であり、マイナスにすることが悪となる。もちろん、種の保存に益になることは善、害になることは悪であることには変わりはない。しかし、ゆとりの時代においては種の保存には、益にも害にもならないが、ディスクリミネーターのプラス、マイナスには関係するという場合は、プラスが善、マイナスが悪となる。つまりこの判定装置をあらゆる方法で人為的にプラスにしようとしているのだ。

 例えば未来社会ではスポーツが盛んになるだろうし、そうすべきである。何のためにスポーツをするのか。例えば野球。ボールを投げる。これが快感となるのは太古の時代の人間にとって投石は獲物獲得の一手段だったから。バットを振り回す。これも快感だ。なぜならその頃はこん棒で殴り殺して獲物を獲得することもできた時代であったからだ。それに対し現代は石を投げたりこん棒を振り回したりしても、直接食糧の確保になるわけでないが、今もその頃の名残りでディスクリミネーターがプラスになる。その他殴ったり蹴ったり速く走ったり獲物を取るためには様々な能力が必要になってきて、自分の能力を伸ばしたいといつも思っていただろう。それは直接食料の確保につながり、身を守る武器になったのだから。当然ディスクリミネーターもそれらの能力を伸ばすことができればプラスとなる。それに加えて闘争本能も利用している。その空作動を利用したのがスポーツの持つ意味である。他のスポーツでもほぼ同様の意味を持っているし、それを観戦するのも同様である。だから、スポーツを楽しむことはディスクリミネーターの空作動を起こさせるという意味で『よいこと』ということになる。もちろん健康によいとか、筋肉を強化すると仕事の効率が上がるという面もあり、正常作動の面もある。

 未来社会では生活にゆとりがでてくるから、郊外に出て大きな家を建てる人が多くなる。その大きな家のよく手入れされた庭には池があり澄んだ水が流れ込んでいて、その中に大きなコイが泳いでいる。こんな住居での生活は現在の、ごくありふれた人のひそかな願望であり、現在は豪邸とよばれる家に、未来社会では多くの人が住むことのできるようになる。どうしてこんな庭が欲しいのであろうか。現代、あるいは未来の豊かな時代にはその意味が解らなくなっているのだが、人間は太古の時代、狩猟生活をしていた。古代人は食糧を探して毎日野山を歩き回っていただろう。そのときこの庭のような場所を発見したときの喜びを想像するとよい。澄んだ水は喉の渇きをいやすことができる。大きなコイの発見は貴重な食料の発見なのだ。
 しかしこのような解釈にあなたは反論するかもしれない。飲み水は水道水で十分だし、大きな魚も魚屋かスーパーに行けば十分だ。池の水は飲料水ではないし、庭のコイは食べるためではない。あくまで観賞用だと。
もちろんあなたは正しい。これは観賞用だ。しかしこれを見てよい気分になる、つまりディスクリミネーターが正になるのは、古代人が狩猟生活を送っていたころの名残りであり、生まれながらにしてそのようなディスクリミネーターを我々は持っているのである。その頃、自然選択の原理により種の保存のために作られたディスクリミネーターがそのまま残っていて、現代人の生活形態を支配している。すべての人は無意識のうちに、このディスクリミネーターに行動を支配されているから、このような庭がある家に住みたがる。無意識と言ったのは、意識の中にこのような場所を探し回っていたという記憶も経験も無いからだ。古代人が獲得したディスクリミネーターは済んだ水を持つ池(飲めるから綺麗と感じる)がプラスと反応し、その中で動いている魚(食べられるから綺麗と感じる)もプラスと反応する。これらのものが目に留まると注意して観察するようにディスクリミネーターが命ずるようにできている。
 種の保存のためだけなら、こんな家に住まなくてもよいかもしれないが、ディスクリミネーターをプラスにするという目的なら、こうした家に住むことは良いということになる。このように「贅沢をする」ということは、ディスクリミネーターの空作動でありディスクリミネーターの解放でもあり良いことだ。

必要な物が豊富に供給されるゆとりの時代においては、人間は利己的な行動を制限もしくは禁止し利他的な行動を取った方が、より種の保存の達成を容易にし、多くの人が快適に住める(ディスクリミネーターをプラスにできる)ことを知っている。だから利他的行動は善、利己的行動は悪と定義されることが多い。これは現代に生きる人間の特殊事情による定義であり、決してどんな動物にも当てはまると思ってはならない。すでに述べたように一般に利他的な行動は進化しづらいし、実際多くの動物は人間より利己的である。

このようにディスクリミネーター論では善悪の基準を明確に示すことができる。しかし利己的な遺伝子論ではそれができない。

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2020年2月12日 (水)

新型コロナの封じ込め方法が間違えていないか(No.387)

武漢に新型コロナウイルスが流行し始めたとき、ごく初期の段階で封じ込めができていたら流行は起きなかっただろう。中国の隠蔽体質のお陰でそれができなかった。その時中国で行われたのは1100万人が住む武漢の封鎖だった。これが逆効果だったのではないだろうか。例えば鳥インフルエンザなどだと一定地域を封鎖し、その中の鶏を殺処分すれば、流行は治まる。しかし新型コロナウイルスの場合は殺処分などできるわけがないのだから、武漢を封鎖したことが逆に流行を広げてしまったのではないか。

封鎖されると知って、500万人もの市民が街の外へ逃げたというから逆にウイルスを広げてしまっただろう。逃げ遅れた市民はパニックに陥り、発病の恐怖から少しでも異常がある人は病院に駆け込んだに違いない。病院には患者で超満員になり狭い空間で長時間待たされる。これでは感染していなかった人までが一挙に感染してしまっただろう。そして病院は治療しきれず重症患者が次々死んでいったに違いない。

もし武漢を封鎖などせず、国民に冷静になるよう呼びかけ求め、正しい感染予防の方法を教えていたとしたらどうなっただろう。そして病院は受け入れの定員を定め、定員以上は病院内に入れないようにしたら、院内感染は防げただろう。武漢市の病院で診察してもらえなかった人は市外の病院で診察を受けただろうし、パニックは防げたし、院内感染も最小限に防げたはずだ。そうしていたらこのような爆発的な流行にならなかったし、患者は十分な治療が受けられ、死亡率もはるかに少なかったに違いない。通常症状は軽く、2~3週間安静にしていたら多くは回復しただろう。そしてインフルエンザが収束するシーズンになれば、新型コロナも収束したのではないか。

クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で起きたことも、武漢と似ていないか。すでに下船した一人の乗客に感染が分かった時、このクルーズ船が封鎖された。この時点で感染者はほんの2~3人だったかもしれない。この封鎖された空間で起こったことは武漢と同じで乗客はパニックになった。不安のあまり、少しでも症状がある乗客は医務室に駆け込みそこで長時間またなければならなかった。3700人の乗員・乗客に対し小さな医務室が一つあるだけだし、パニックになってそこに集まった人々が次々と感染していったのではないか。こんなことをせずに、体調不良を訴えた人々を下船させちゃんとした病院で治療を受けさせていたら感染は広がらなかったのではないか。そして乗客の不安も解消されただろう。

これと対照的に武漢から第一便で日本に帰国し千葉のホテルで待機していた197人は全員が陰性だった。こちらはクルーズ船と違いパニックは起こさなかった。体調が悪化すればいつでも街の病院に行けるという安心感があっただろう。このように新型コロナ対策は人々がパニックを起こさないようにすることが大切だ。

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2020年2月 4日 (火)

第157回 日本経済復活の会の定例会のお知らせ(No.386)

講師   小野 盛司 日本経済復活の会会長 
会の活動報告、『日本経済復活への道』
11月9日駒澤大学で開かれた日本ベーシックインカム学会の研究会に講師として招かれて講演をさせて頂きました。一般的にベーシックインカムの提案としては財源として増税によるものが多いのですが、私の提案は国債発行で財源を確保するというものです。これが日本経済に与える影響については日経新聞社のNEEDS日本経済モデルを使って計算したものを拙書『これでいける日本経済復活論』(2003)で発表しておりました。ベーシックインカムの結果は国民にお金が行き渡るので、消費が増大し、経済は著しく改善しデフレから脱却がすみやかに可能となり、景気がよくなるので給料も上がってきます。現在日本では20年以上実質賃金が下がり続けているという世界で最も悲惨な状況になっています。このベーシックインカム政策によって国民は直接政府からお金を受け取るだけでなく、賃金も上昇するわけで二重の喜びとなります。諸外国は20年間実質賃金が上昇を続けたわけで、少しでも失われた20年を取り戻すことになるわけです。このような重要な結果であれば、日経のモデルを使って再度新しく計算をしてみようと計画しております。例えば数十兆円規模で公共投資を行おうとしても、それをやれる職人も業者もいませんから入札が成立しません。しかし国民にお金を配るということなら直ぐにでもできますし、それが日本経済の活力になるわけです。このように素晴らしい政策であるなら、一刻も早く実現を目指すという意味で、2003年に行った日経モデルの計算を新しい経済データでもう一度やってみようという話が現在進んでおります。2月のこの定例会ではその最初の報告ができるかもしれません。
また日本経済等の事柄に関し、出席者の方々とのディスカッションを行う予定です。。
○ 日時 令和2年2月11日(水)午後3:00時~午後7:00時(開場2:30)
この後、希望者で二次会(食事会)に行くこともあります。
○ 場所 東京都文京区春日1‐16‐21 文京シビックセンター 5階 会議室A
TEL 03-3812-7111
○ 会費 1000円(資料代を含みます。)当会合に関する一切の問い合わせと、御来会の可否は小野(03-3823-5233、090-1888-8331)宛にお願いします。須田(090-2170-3971)、メール(sono@ajer.biz)でも結構です。ご協力お願いします。
Photo_20200204111501
東京メトロ後楽園駅・丸の内線(4a・5番出口)南北線(5番出口)徒歩1分
都営地下鉄春日駅三田線・大江戸線(文京シビックセンター連絡口)徒歩1分
JR総武線水道橋駅(東口)徒歩9分

日本経済復活の会のホームページと連絡先    
担当 小野盛司   
http://www.ajer.biz/
TEL:03-3823-5233
FAX:03-5685-3317

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2020年1月23日 (木)

内閣府計量分析室に電話して説明して頂きました(No.385)

2020年1月17日に内閣府から発表された『中長期の経済財政に関する試算』について内閣府計量分析室に電話して質問しました。詳しく丁寧に説明して頂いたので、その内容を以下に書きます。

Q 新聞各紙で基礎的財政収支(PB)が悪化し黒字化が先延ばしになったと言ってますが悪化した原因は何でしょう。
A 国際経済の見通しの不安定さによる税収の減収が一つの原因です。
Q 米中の貿易摩擦ですね。
A そうですね。
Q それは以前から分かっていたこと。それでも消費増税をやりましたね。この時期にやるべきではなかったのでは。
A 消費税増税と同時に対策を行いました。ですから消費増税の効果がPBに反映されるまでには時間が掛かると見られています。対策は一時的なものだが消費増税は恒久的なもので今後のPBに対しても消費増税のお陰でプラスの方向にはたらく。歳入の拡大につながりますから。
Q 消費増税で消費が減退し法人税や所得税は下がる。PBへの影響を考えた場合、それでも消費増税はやるべきだったのか。
A 中長期的には消費増税で歳入が上昇しPBの悪化が弱められる。
Q  反面、法人税・所得税などそれ以外の税収にはマイナスにはたらきます。プラスとマイナスの影響があってもそれでもトータルにはプラスですか。
A それはモデルに戻って計算してみないと正確には言えない。
Q 消費は落ちますね。
A はい。
Q 出された数字ですが2018年度の実質成長率ですが、今回は0.3%でした。半年前には0.7%でした。この数字が実績値だと思っていたのですがそれが0.3%に下がった。これはなぜですか。更に前の1年前は0.9%、更にその前は1.5%、その前は1.8%というようにどんどん下げていったという理由は何でしょう。
A 半年前も実績値なのだけど国民経済計算で改訂されることがある。3年くらいの範囲は過去に遡って改訂されることがあるので絶対確実というものではない。
Q それでこの改訂には特別に理由はあったのか。
A 部署が違うので正確なことは言えない。よく言われるのは法人企業統計とかが更新されたときに例えば投資とかのデータを見直したら変わったなどのようなことがよく言われる。
Q ということで計量分析室としてはよく分からないと。
A はい。即答はできません。
Q 2年前は1.8%と言っていたのが今は0.3%、つまり6分の1にまで下がった。こんなに大きく下がるものなのですか。
A 計量分析室では事実に基づいて計算をしているので過去の事実に基づいて計算したら下がってしまったのでそこを発射台として計算していますと。
Q たまたま今回そうだったということならば、まあ1回くらいはそういうこともあるのかなと思うのですが、これは毎年のことなんですね。大きく下げてしまう。なんかおかしいなと思う。毎年下方修正で上方修正することはない。もともとが上振れした数字が出されているのではないか。
A 一般に試算の作り方と説明すると、2018年度までは国民経済計算の値を使う。2019年度と2020年度は政府経済見通しと言って、内閣府の別の部署が出している見通しを使っている。そこから先の2021年度以降が我々計量分析室の出している試算になります。2019年度と2020年度は政府経済見通を使っていて、それは国の予算を立てるために使われているので、あらゆる情報を使って計算されている。だからそれは信頼できるデータだと考えている。
Q 確かに見通しということで新聞報道がありました。12月14日に2020年度の実質成長率は1.4%であることが閣議決定された。それを計量分析室としては動かせない。
A そうです。
Q しかしその数字が本当に正しいのでしょうか。別な部署が決めたことだからと言います。むしろ統一してくれないと困ってしまう。
A 経済見通しは国の予算を立てるのにも使われているし勝手に変えることはできない。確かに統計から接続して我々の推計から言った方がよいと思うことはあるのですが現状としてはそういうことです。
Q 2020年度の実質成長率ですが1.4%ということになりましたが民間のESPフォーキャストの予測では0.51%になっています。約3分の1です。政府のほうが正しいのだと言われるかもしれませんが、過去の予測だとESPフォーキャストのほうが結構あたっている。
A ESPフォーキャストは民間の40社の平均ですね。
Q 政府経済見通しがかなり上振れしている。それでいいのかなということです。
A 例えば我々の成長実現ケースとベースラインケースがあってベースラインケースのほうが民間予測に近いのではないか。
Q でも政府経済見通しは両方のケースで使っていますね。
A はい、そうです。
Q その出発点がちゃんとしていないと、正しい予測ができません。
A そうですね。今回の小野さんの意見は政府経済見通しがずれているから修正してほしいということですか。
Q 修正してほしいというよりこの試算の目的は何なのかということです。
もし日本経済が順調であれば私がこのように電話することはないのです。ただ順調だとは思わない。例えば名目GDPの国際比較をするとします。名目GDPをドル換算して例えば最近10年なり20年なりで成長率を比べると日本は最下位あたりです。他の国は成長しているのに日本だけが成長していない。日本経済は非常に悪い状況にあると私は認識している。アベノミクスで成長していると思っているのかも知れないが、世界に目を向けて比べてみると、大変ひどい状況だと思う。
A はい。
Q 例えば韓国も大きく成長しているしそろそろ一人当たりのGDPで日本を抜きそうだ。日本はほとんど成長していない。その原因は何だろうと考えた時、政府が出すこの試算ですがPBばかり気にしていて成長を考えていない。そこに問題があると考え、色々調べて他の民間のモデルで計算してみてどこが違うのかということです。政府経済見通しを閣議決定した段階で大間違いをしてて、その後付け足したものがかなりひどいと私は認識している。
私の認識と違うのか付き合わしてみたいと思っている。政府経済見通しが本当に正しいのかということです。
A ただ小野様に一点申し上げたいのは政府が経済見通しをしているのは民間を含めた予測ではなくて税収とか予算とか決算とかを織り込んだ数字を出しております。ですから政府がわざわざ計算している価値としては国の予算とかを最新のデータを織り込んで計算することができる。経済対策とかも含める。それは政府の中でしか使えない情報を政府の中で共有しているのでそういった意味では民間ができないことをやっている。
もちろん民間予測の平均と比べると分が悪いかもしれないのですが、ただ経済の予測だけではなくPBとか財政収支とか国債等残高とかも計算してます。多分民間予測だとPBとか財政収支とか国債等残高とかのデータは使い切れないと思います。
Q そうだと思います。もし見通しが正しいものであれば予算・決算などこれに基づいて組んでいくと正しく良い方向に行くと思いますがスタートポイントが全く間違えていたら予算・決算も間違えたものになって、国を間違えた方向に導いてしまうのではないかと心配しています。ですから経済見通しをもっと正しいものにして、そこからどうやったら成長させることができるかを検討すべきだと思う。過去の経済見通しが本当に正しかったのかを総括して、もし正しくなかったら今後どうやって正しくしていくのかを考えるべきだと思う。2018年度の実質成長率を見ても明らかに正しくなかったからこのように下方修正することになった。ですから今回閣議決定された2020年度実質成長率1.4%が来年になれば正しかったかどうかが分かるわけです。過去10年、20年を見てどうだっただろう、上振れしていなかったか、もし上振れしていたとしたら正しい見通しはどうやればだせるのかと検討すべきだと思うのですが。
ところで2020年度の実質GDPは1.4%になっていますが、その後2021年度は0.8%に下がってしまいますね。なぜ下がるのですか。
A 2020年度に総合経済対策をするので、それは短期的には経済を良好にする。2021年度になると経済対策の効果は剥落するから悪化することが見込まれる。
Q 経済対策を行って一時的に景気はよくなって成長はした。普通の国であれば財政を拡大した後は財政を縮小しなければいけないということでなく、財政を拡大すればそのまま拡大を続けます。歳出は2022年度以降、成長実現ケースでは拡大を続けていますね。
このように拡大し続けるのが普通であって、拡大した後縮小するというようなことは普通はやらないと思います。ずっと拡大し続けるのではダメなのですか。
A ずっと歳出を拡大し続けたら金利もだんだん上がってくる。
Q 金利は抑えることはできます。日銀が国債を買い取ればよいわけです。
A 我々の試算だと長期金利は23年度からだんだん上がってくる。
Q そういう予測も日銀次第であって日銀は長期金利まで含めて制御可能だと主張していてゼロ金利を続けたいならそれもできる。景気がまだ回復してない時なら金利を抑えることはできる。だから財政を拡大した後縮小しなければいけない理由はない。
A 経済は潜在成長率で決まると考える。2020年度では2%位を見込んでいる。21年度にGDPギャップがマイナスになってしまい、実質GDPは下がってしまいます。これはモデルに対する考え方、経済政策に対する考え方で、モデルを回して計算すると下がってしまう。
Q それはどういうモデルを作ったのかということですよね。2020年に比べ2021年度は歳出を下げてますね。景気対策を止めたから。
A 景気対策だけじゃなくて、発射台の問題、消費者物価が2021年度から23年度にかけて消費者物価上昇率の水準が少し下がっている。そういった影響があって歳出が低くなる。
Q 消費者物価は2021年度が1.0%、22年度が1.4%ですね。
A その水準が前回よりさがっている。前回は1.1%、1.5%だった。その延長で歳出を伸ばしていく。
Q 2%がインフレ目標だから歳出を増やしてもよい。
A 2%に行ってからはそうですね。
Q 2%より全然低いからもっと増やしてもよいのではないか。デフレ脱却ならもっと歳出を増やしてもよいのではないか。
A 財政を拡大するかどうかは政府が決めること。我々は試算で計算するだけ。
Q 歳出を増やせばGDPは増えるのではないか。2022年度以降は2~4%程度毎年増やしている。だからGDPも順調に増えている。これを見れば歳出を増やせばGDPは増えるんだなと安倍首相はこれを見て、では歳出を増やしてやろうと思うのではないか。
A 今回の小野様の主張としては、もうちょっと財政をふかせということ。
Q そうです。
2020年から2021年にかけて歳出を減らす必要はなくてもっと財政を拡大していけばもっとスムーズに経済の拡大が続くのではないか。2021年は実質成長率が0.8%に下がり、その後からまたGDPが増えていくというようになっていますが、このように一息つく必要はない。
景気対策は毎年やってもいいし、景気対策の内容を本予算に組み込んでもいい。ここにあるように一旦減らすのがよくない。
A 経済政策を立てるにあたっては色々な制約があると思います。例えば国の目標もありますしあらかじめ決めたことを守るとか、約束の下で試算をしているので、歳出を際限なくふやしていったりすると経済はよくなるかもしれないのですがPBとかの目標とか公債等残高対GDP比が上がったり、金利が上がったり、財政がパンクしてしまうかもしれないので、そういうのを防ぐために一定の規則に基づいて計算しております。
際限なく歳出を増やすとか計算の前提としては合わない。
Q 際限なく増やせと言っているのではない。やはり世界標準を見ましょう。例えばドルベースで考えたGDPの推移を世界何十カ国のグラフを描いてどうなっているかを比較してみればよいと思います。十年前、あるいは二十年前のGDPを起点としてそのあとGDPがそのように増えたか、減ったかをグラフにしてみると日本だけが成長していない。
A 日本経済は少子高齢化があります。
Q 少子高齢化は韓国でもあります。他の国でも同じ問題はあるわけで、そのような問題がありながら諸外国は成長しているわけです。ですから少子高齢化は言い訳になりません。やはり韓国なども消費増税など緊縮政策をやってないし、PB黒字化なども言っていない。年金改悪などを阻止しようとフランスなどデモが続いているし、アメリカのトランプさんは大減税をやり超積極予算でPB黒字化など目標にしてません。
大赤字予算で経済が好調で国民の支持が得られています。日本もPB黒字化など目標にすべきじゃない、PB黒字化はユーロ加盟国なら意味があるかもしれないが自国通貨を持っている国ではPB黒字化を目標にしていない。
A MMT理論ですか。
Q MMT理論は別として自国通貨を持っている国では中央銀行はいくらでも国債を買うことができる。
A 中央銀行だけでなく、海外の投資家も国債を買う。
Q 海外の投資家も買うが、それも円建ての国債です。万一彼らが一斉に売り出したとしても円建てなら日銀がいくらでも買える。だから全く恐れることはない。ドル建てで政府が国債を発行することはない。だから何にも恐れることはない。
A はい。
Q 日銀が随分国債を買っていて、買い尽くしたという感がある。これ以上買えない。日銀は保有残高を80兆円増やすと言っていたが、今は十何兆円程度しか増やせない。買い尽くしたという感があります。国債が国債市場から消えた。だったら少々国債を政府が発行しても問題ない。金利は抑えようと思えば抑えられる。
A 国債は発行したら返さなければいけない。
Q いや繰り延べはできます。
A 繰り延べしたら金利は上がります。
Q 金利が上がりそうならまた日銀が買えば上がらないようにできます。いくらでも金利は抑えられる。借換債を発行すればいくらでも繰り延べできる。これは無利子・無期限の国債と事実上同じです。だから国債のことは心配いらない。
A 今回中長期試算を出しました。これに関して小野様からコメントを頂いているのですが例えばMMT理論に関して計量分析室からコメントすることはありません。
Q MMT理論にコメントする必要は全くないですね。金利は上げようと思えば上げられるが上げる必要はない。上げない選択肢はある。
A そうですが、市場が歪んだりしませんか。
Q 今もの凄く市場は歪んでいると思います。そもそもゼロ金利ということですがゼロ金利を続ける限り経済は成り立たないと思います。本来は日銀が金利を上げ下げすることにより景気を調整できるということで中央銀行の役目があったわけです。今は流動性の罠に引っかかっていて最悪です。金利を上げようにも上げられない。そうなると銀行の経営が成り立たない。つまり市場が非常に歪んでいる。だから積極財政で景気をよくし、金利がある程度上がってくれば歪みが是正される。
A 金利が上がると国債を償還するときに負担が増える。
Q いくら上がっても日銀が国債を買えば貨幣に替わり、貨幣には利子がつかない。少なくとも2%のインフレ目標に達するまで金利は抑え気味にしたほうがよい。ですから政府はもっと国債を発行して景気を良くすればよい。
A 国債を発行して上がるのは名目成長率ですか、実質成長率ですか。
Q 両方です。少なくとも名目成長率は上がります。内閣府の成長実現ケースでは2022年頃から歳出を2~4%づつ増やしています。その結果GDPですが実質が2%、名目が3%以上上がっています。これはその通りだと思います。どうしてこの予測通りにならなかったかというと、景気対策で一時的に歳出を拡大しても、一旦歳出を下げてしまうからです。歳出を毎年2~3%上げていればここにあるようにGDPも上がってきたと思う。歳出を上げなかったからいつまでもGDPが伸びない。ゼロ金利のままだしインフレ率も低いまま。世界に希なる低成長国となっている。
A はい。
Q そうではなくて成長実現ケースで示されたように歳出を増やしていけばこのモデルの通りになると思います。このモデルは良いモデルだが、そこに行くまで政府が腹をくくって歳出を増やし続ける。景気対策ではなく、本予算で増やす。100兆円に達したからということでビクビクするのではなく毎年2~3%づつ増やしていく。
A はい。
Q そうすればここで示された成長率は実現できます。
20年位前から政府は2~3%の成長を目指して試算を出しています。その試算通りにならなかったというのは歳出を増やさなかったからです。
A 歳出を増やすかどうかの意思決定をやっているのは計量分析室ではない。
Q 計量分析室が出した結果と現実とが大きく異なっている。それがどうしてかということを政府に教えたらよいと思います。
A はい。
Q どうして計量分析室で出した結果と実際の経済がこれほど大きく掛け離れたのですか。
A 成長実現ケースとベースラインケースがあるのでベースラインケースのほうがより現実的だということです。政府の目標を達成しようとしているのが成長実現ケースです。政府の立場としては成長実現ケースに近づけようと全力で努力している。
Q そうですが、成長実現ケースとベースラインケースでどこが違うのかと言えば、歳出です。成長実現ケースでは歳出を大きく拡大してますが、ベースラインケースでは歳出の拡大は少ない。
話は簡単で歳出を拡大すれば成長する、歳出を拡大しなければ成長しないし財政も悪化する。ベースラインケースでは債務のGDP比は減少しない、成長実現ケースだと大きく減少している。ここのところを安倍総理に教えたいなと思います。このモデルは素晴らしいです。それをどのようにマスコミに教えるかという事です。マスコミに対していつもPB黒字化だけに注目させそれ以外は注目させない。つまり債務のGDP比を減らすには成長実現ケースのごとく歳出をどんどん増やしていけば良い。それによって財政は健全化する。逆に歳出を増やさないベースラインケースなどだとプライマリーバランスも黒字化しないし債務のGDP比も悪化する。こういうことをマスコミにPRしていただければ、経済政策はどうあるべきかというのをマスコミが理解し、国民が理解し、それを背に受けて安倍総理が決断できる。
A 今回も小野様から貴重なご意見を伺ったのですが、政府に仕えて勤務する職員の立場からは全部の事を話せるわけではない。ですから適切にご返答できないこともありますし、毎回試算を公表するたびに貴重なご意見を頂いておりました感謝しております。
Q 折角国の税金を使って貴重なシミュレーションをしておられるのですから何が重要かということをPRして欲しい。おそらく私が考えるには、先週の17日に新聞発表がありましたが。
A 日経新聞ですか。
Q いろんな新聞に出てます。日経、東京、読売、産経、毎日など全部出てます。PBの事ばかり言っている。こういうデータを渡されてPBだけをマスコミが見るかというとそんなわけないです。マスコミを集めてマスコミにどういうところがポイントかということを話しているのだと思います。
A そうですね。
Q その時に私が言っているようなことは触れずに、ともかくPB偏重ですね。他の国であればそんなことしないと思いますよ。結論は簡単です。歳出を増やせば財政は健全化するし経済は成長する。そうでないと財政は健全化しない。PBはいつまで経っても赤字。成長実現ケースとベースラインケースを比較しながら歳出拡大が重要だと強調して欲しいですね。そうすれば世の中ガラリと変わってきます。
A 試算をする立場としては中立な立場を維持しなければいけない。
Q それが中立ですよ。PBばかり言っているのは中立ではない。
A 歳出をどこまで増やせば大丈夫なのかということを決めて試算というのは考えられているのでただ単に経済を活性化してPBも黒字化するという感じではない。
Q そういう感じだと思いますよ。このデータを見ると。
A 厳密に歳出を何%まで増やせば大丈夫とか。
Q それが成長実現ケースだと思いますよ。実際増やしているじゃないですか。2018年度が99兆円だったのが、2028年度には128兆円になっています。このくらい増やせば大丈夫ということですね。そうでなくてベースラインケースのように114兆円までしか増やさないということなら悲惨な結果になる。財政も悪化する。
A そういう見方もありますね。
Q そういう見方をPRしなければいけない。是非マスコミを集めてそこもPRしてほしい。ですから成長実現ケースのように歳出を128兆円まで増やした。確かに公債残高は増えたのだがGDPはもっと増えているから公債等残高対名目GDP比は157%にまで下がった。めでたしめでたしです。しかもGDPも増えた。600兆円の目標も安倍総理も言っていますからそれを実現するにはやはり成長したほうがよい。PBのことばかり煽るのはやめたほうがいい。
A 計量分析室は煽ってはいません。
Q PBの予測ははっきり言って外れています。20年近く前から「間もなくPBは黒字化する」と言ってきた。2006年頃小泉さんが内閣府計量分析室の試算を見て2011年度PBを黒字化することを目標にした。しかし実際の2011年度のPBはGDP比で8.9%の大赤字で予想ははずれた。仕方なく黒字化目標を2020年度に後ズレさせ目標を再設定した。それでも黒字化は無理だということで、また後ズレさせて2025年度に目標を再々設定した。毎年毎年発表しているが、その度に過去の発表が間違いでしたとして訂正している。今回の発表でも2025年度でも無理だという発表であります。つまり過去に発表したものが全部嘘だったということでいつ黒字化するということをあまり強調しなくてもよいのではないか。どうせ当たらないんだからと思うのですが。そこばかり新聞に書くのはどうかと思いますが。
A 新聞を書くのは新聞記者の方です。
Q 新聞記者の前での発表の仕方によって記者の受け取り方が変わってくるわけです。PBではなくて、成長実現ケースでは歳出をこれだけ拡大するからGDPを増やし債務のGDP比を減らすが、ベースラインケースでは歳出を増やさないからそれができないということを記者の方々に教えたらよいかと思いますが。
A そうですね。1月17日に発表があったのですが、それ以前にも発表があったのでそれに引きずられているということもあるかと思います。報道に対してより注意を払うようにということですね。
Q 成長実現ケースは実は歳出を拡大しているが、ベースラインケースは歳出をそれほど拡大していないのだということを強調して欲しいと思います。
A 分かりました。
Q 長い時間、ご説明有り難うございました。

 

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2020年1月21日 (火)

今回の内閣府試算は財政拡大の必要性を示唆している(No.384)

令和2年1月17日に内閣府から発表された『中長期の経済財政に関する試算』は積極財政の必要性を強く示唆するものである。この試算では成長実現ケースとベースラインケースの2つのシナリオが調べられた。2つのシナリオの決定的な違いは歳出である。

図1

384_1

歳出の増加率は成長実現ケースがベースラインケースのほぼ2倍であり、成長実現ケースが積極財政、ベースラインケースが緊縮財政と表現することができる。歳出以外にも厳密に言えば細かい違いが両者にあるのだが、ここでの議論では重要ではないので無視する。

当然の事ながら積極財政の方が緊縮財政より成長率が高い。

図2

384_2
成長実現ケース=積極財政、ベースラインケース=緊縮財政

積極財政を行うと金利が暴騰するのではないかと心配する人がいるが、内閣府はそれを明確に否定した。

図3

384_3  
成長実現ケース=積極財政、ベースラインケース=緊縮財政

2026年度に3.2%まで上昇するがこれは金利暴騰ではない。積極財政を行うとハイパーインフレになるのではないかと心配する人もいるがこれも内閣府は明確に否定した。

図4

384_4
 
成長実現ケース=積極財政、ベースラインケース=緊縮財政

インフレ率は目標とする2%に達するだけでありハイパーインフレにはならないことを内閣府が証明した。積極財政では国の借金が増えて将来世代へのツケを増やす事になるという説がある。債務のGDP比を内閣府は計算している。

図5

384_5
成長実現ケース=積極財政、ベースラインケース=緊縮財政

積極財政だと債務は増えるがGDPの増加率はそれ以上なので債務のGDP比は逆に減少することが内閣府の試算で示された。つまり積極財政なら将来世代へのツケを減らす事ができるのである。それでは基礎的財政収支はどうなるか内閣府の試算を見てみよう。

図6

384_6
成長実現ケース=積極財政、ベースラインケース=緊縮財政

積極財政では税収が増え基礎的財政収支は改善するが、緊縮財政ではいつまで経っても改善しない。過去の実績では成長実現ケース(積極財政)の予測した通りの経済発展は見られなかったという反論があるかもしれない。その答えは単純で、政府が成長実現ケースで予測した通りの歳出拡大を怠ったという事だ。景気対策を行った後はそれを止めることで歳出の縮小をし、景気が悪くなるとまた景気対策をするという歳出の拡大と縮小を繰り返してきた。これが失敗の原因であり、成長実現ケースのように一本調子で歳出を拡大し続けていたら、内閣府が示した通りの経済拡大が期待できたのである。

厳密に言えば成長実現ケースとベースラインケースとの違いは歳出だけではないとの指摘もあるだろう。しかしその違いは僅かでありその違いを無くして再計算をしても、ここで行った議論には全く影響を与えない。

 

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2020年1月14日 (火)

ゴーン氏への日産の対応は恩を仇で返したことになるのでは(No.383)

日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告は保釈中にも拘わらずレバノンに逃亡した。マスコミは彼を犯罪人として扱うのだが、少なくとも彼は経営危機の日産を救ったし、彼を失って再び日産は経営危機に陥るのではないかと心配になる。彼が最初に捕まった原因は有価証券報告書の虚偽記載である。2011年~2015年の4年間の彼の役員報酬が本当は約80億円だったのに約40億円と記載したというもの。実際は40億円しかもらっておらず残りは退任後に受け取れる可能性があった。しかし実際は100%受け取れるというものでもないから虚偽記載ではないと法律の専門家は述べている。

もともと2兆円の借金にまみれた日産の業績をV字回復させたのはゴーン氏の業績だ。日産の連結営業利益はゴーン氏がCEOだった2011~16年度の平均で6000億円程度だったのが、ゴーン氏がはずれた2019年度は1500億円に落ちている。このことから考えれば4年間で80億円払ってもCEOを続けてもらったほうがよかったし彼を失って会社は大損害を被ったと言えるのではないか。なぜ4年間で80億円もらわずに40億円だけ受け取り、残りは退任後に受け取るようにしたかといえば、CEOの給料が高すぎると他の社員・役員がやる気を失うからということだった。つまり脱税して個人的な目的でお金を使いたかったのではなく、会社のためを思ってのことだったがこれが重罪といえるか。このことを日産内部で容認していれば何事も起きなかったのだが、ゴーン氏に反発する人々が結託してゴーン氏を告発する手段に訴えた。会社の内部抗争はよくある話だが、日産を立て直した恩人を警察に突き出すのは、恩を仇で返すことになるのではないか。

もしゴーン氏が100%日産の株を持っていたオーナー社長であったら、給料は自由に決められたしこのような問題は起こらなかった。経営危機にあった日産を立て直したのであれば、その功績は正当に評価されるべきであり、オーナー社長に準じた扱いをすべきだし日産私物化に関してもある程度寛容であるべきではないだろうか。日産はゴーン氏を警察に突き出した結果、時価総額で1兆円以上失っている。

虚偽記載と言うが、役員は退任後の報酬をカットできたのだし、実際カットされているから有価証券報告書の虚偽記載にはならないのではないか。しかしそれでも100%支払うものだったと主張され彼は犯罪者にされた。彼は日産の恩人だということを考えれば、反乱を起こすにしても、空港で何の前触れもなくいきなり逮捕し司法取引という陰険な手段まで使ったりして彼を犯罪人にするのには違和感がある。彼を失脚させたいだけなら彼に「私たちはあなたを警察に突き出すこともできる、それがいやならCEOを辞任しなさい」と役員会議で要求すべきだったし、CEO解任決議だってできたのではないか。空港で突然逮捕したということは、その時点で彼の有罪は99%以上決まっていた。彼の言い分を全く聞かずに一方的に有罪を決めてしまう日本の司法制度に問題はないのか。

日本で公正な裁判を受ける可能性は皆無だったと思う。起訴されれば99%以上は有罪になるのが日本の裁判制度だ。気が遠くなるほど裁判に時間がかかるから、まるで無期懲役だから海外に逃亡したくなる気持ちは分かる。

このやり方では、たくさんの冤罪を生むのは明かだ。実際痴漢冤罪事件が問題になっている。痴漢事件で起訴されると正しいのは女性、嘘を言っているのは男性であることがほぼ前提となって裁判が進む。しかし、痴漢被害を偽装する女性もいる。検察も人間であり間違うこともある。ゴーン氏のように有名人であり有能な経営者をこのような形で犯罪者にしてしまうのでよいのだろうか。アメリカの自動車メーカーは日産の2倍の給料でゴーン氏を受け入れると言ったそうだ。ゴーン氏をCEOのままにしておいたほうが、日産の経営にはよかったのではないか。こんなゴタゴタのあった会社の車が売れるだろうか。厳しい競争のこの業界で生き残れるのか。このような扱いをされるのであれば、海外の有能な経営者は日本に来なくなるのではないか。

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