ヒットラーの経済政策と現在の日本経済(No.26)
ヒットラーは様々な困難を乗り越えて短期間に経済を復興させたのだが、これを日本経済の現状と比べてみよう。ドイツ経済復活に貢献したのは、ドイツ帝国銀行総裁、経済大臣のポストに就いたシャハトである。シャハトは第一次世界大戦後の有名なドイツのハイパーインフレを収束させた人物であった。
結局大量の国債(あるいは国債に準じるもの)を発行して大規模な景気対策を行うことになるのだが、当時のドイツは現在の日本に比べ遙かに厳しい経済環境にあった。第一に激しいハイパーインフレの収まった直後だっただけに、再びハイパーインフレがやってくるのではないかという恐怖が国民の中にはあった。更に、第一次世界大戦の莫大な賠償金が求められていた。つまり外国に対する巨大な借金があったのだ。1930年代ドイツの歳入は56億マルクでその約半分が賠償金に充てられた。ドイツの輸出製品には26%の輸出税をかけて連合国が受け取ることになっており大変なハンディーがあった。
しかも金(外貨)も底をついているから、物不足になっても輸入で簡単に補えない。つまり景気対策を行うと需給バランスが崩れてインフレになってしまう危険が大きかった。大規模景気対策で労働力不足になると、賃金上昇が引き金になりインフレに拍車を掛ける恐れもあった。しかも経済発展の基礎となる鉄と石油の不足も決定的だった。
それに比べれば、現在の日本は景気対策を行うには、はるかに恵まれた環境だ。なにしろ外貨は100兆円以上もあるし、慢性的な経常黒字が続いている。海外純資産も260兆円もある。需要が伸びて物不足になっても、輸入すればインフレになる恐れはない。デフレが十数年も続いているのだから、大きな生産余力があり、インフレ率上昇は喉から手が出るほど求めたいことだ。平均賃金も十数年間もの間下落が続いているのだから尚更だ。鉄鉱石や石油の輸入が当面不足する恐れもない。
現在の日本であれば、物余りのデフレの時代なのだから、単純に日銀が国債を大量に買い、資金を市中に流し、その資金で国が大規模な景気対策を行うだけで、デフレ脱却も景気回復も、財政再建も可能になる。何のテクニックも必要ない。しかし当時のドイツではそうはいかなかった。物不足になってもインフレが起きないように景気対策を行わなければならず、現在の日本にくらべ桁違いに難しい技を必要とした。例えば莫大な公共投資を行ったのだが、この資金が流れっぱなしだと、インフレになる。その資金の回収システムもあった。労働者の賃金のうち一定額を積み立てれば、利子が受け取れ、しかも利子には税金がかからないという労働者にとって有利な仕組みになっていて、積立金がどんどん膨れあがり、それが国庫に戻っていた。
当時行われた様々な工夫はここでは省略するが、詳細は武田知弘著『ヒトラーの経済政策』を読んでいただきたい。アウトーバーンを完成させ、国民車であるフォルクスワーゲンを開発し、またベルリンオリンピックで国威発揚を行った。
現在の日本では、労働者の賃金を回収して需要を抑える必要は全くない。公共投資を拡大し、賃金を支払い、消費を伸ばし需要拡大が実現できれば、有り余る供給力はそれに十分対応できるからである。もしシャハトが現在の日本にやってきて、経済運営を任せられたら、いとも簡単に失われた20年からの脱却をやってしまうだろう。1兆倍というハイパーインフレを見事に収束させた彼にとって、日本で景気対策が行き過ぎてハイパーインフレになってしまうのではないかという心配は皆無だろう。
ヒットラーとルーズベルトの経済政策から我々が学ぶべき事は、大不況に陥ったときは、失業率が完全に戻るまで徹底的に大規模な景気対策をやることと、暴走を回避するために民主主義は放棄してはならないということだ。次の2つのグラフを比べていただきたい。図1は世界大恐慌前後のドイツと米国のGNPである。ピーク時の1929年から30~40ポイントもGNPが減少し、その後V字カーブで経済は回復している。力不足のニューディール政策でも約4年間で元のレベルに回復している。年間成長率約10%の急回復である。
図1
図2は最近の日本のGDPの推移を表している。リーマンショック後の金融危機でGDPは10%足らず減少しただけで、ショックとしては世界大恐慌に比べれば数分の一にすぎない。しかもその後の景気対策の規模が小さすぎるためにV字回復になっていない。政府は2011年度の名目成長率の目標を僅か1%と見込んでいるが、それすら実現はあやしいものだ。我々はNo.7において50兆円の景気対策を5年間続ければ、景気回復・デフレ脱却・財政健全化が同時に実現すると示した。
http://ajer.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-bd0c.html
図2
日本は、これだけ恵まれた経済環境にありながら経済成長が達成できないということは、如何に日本の政府・日銀が無能かということを示している。しっかり歴史を学んで欲しいものだ。
なお、1930年代のドイツが現在の中国と似ているというのがリチャード・クー氏の見解だ。確かに両方とも独裁国家で順調な経済発展を成し遂げた。しかし、ドイツは資源不足という難題に、侵略による奪略という強硬手段に訴え失敗した。現在の中国には資源不足の問題は無いし、戦争といった選択肢は存在しない。資源不足は将来的に発生するかもしれないが、戦争で解決することはあり得ない。核時代における戦争は勝者の無い戦争だ。
中国は人口が多いから大半が殺されても1億人が生き残ればまた復活できるという珍説がある。しかし、為政者はそんなことを考えるだろうか。自分が殺されても誰かがこの国を立て直してくれればよいという為政者はいない。他人の命より自分の命の方がずっと大切なのだから。自国も相手国も核で破壊されたとすると、自国も敵国も経済が崩壊する。それが自分にとってどのようなメリットがあるだろうか。現在の繁栄は、侵略によって更に改善することはできない。
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