ルーズベルトとヒットラーの景気対策の比較【1】(No.28)
最近ルーズベルトとヒットラーの大恐慌後の景気対策の比較が話題になるようになった。それは武田知弘著の『ヒットラーとケインズ』と『ヒットラーの経済政策』の2冊の本に影響を受けているように思える。結論はルーズベルトのニューディール政策は中途半端で完全な景気回復を達成できなかったが、ヒットラーは完璧な景気対策でドイツ経済を完全に立ち直させたというものだ。
ある意味でこの表現は正しいのだが、その論理に無条件に賛成できかねるところもある。武田氏の2冊の本が、ヒットラーを美化しすぎていることには違和感を覚えている。筆者はドイツ(当時は西ドイツ)に通算約7年住んでいたのだが、ユダヤ大虐殺を行い、世界を戦争に巻き込んだヒットラーに対する憎悪の念はドイツの内外で消えていない。このような本を書くときは、そういった気持ちへの配慮が必要だと思う。
しかしながら、景気対策という点に限れば確かにヒットラーの方が優れていた面もある。ヒットラーもルーズベルトも政権の座についたのは1933年である。景気対策で最も重要なのはその規模だ。有名なニューディール政策は1933年に始まった。アメリカの財政規模をグラフで示す。増やしたり減らしたりして途中で再び景気を悪化させている。
図1
一方では、ヒットラーは次のグラフのようにどんどん財政支出を増やし続けた。
図2
両国のGNPの推移を、1929年を100として次の図で比べた。
図3
両国のGNPの回復は1937年までは、ほぼ一致しているがそれ以後は、ドイツが一直線に景気回復をしたのに比べ、アメリカは1938年に不況(ルーズベルト不況と呼ばれる)に逆戻りしている。これは、図1で分かるように1937年と1938年に「財政再建」のためとして財政規模を縮小したからであって、中途半端な時点で緊縮財政に転じたら、また逆戻りをしてしまうということを示している。実は、日本は20年間この繰り返しをやっている。緊縮に移るのが早すぎたということは、失業者数の推移を見ればもっとはっきりする。
図4
大恐慌の始まる前、1929年以前にはアメリカの失業率は1%~4%程度だった。ニューディール政策実行後も失業率はそれほど下がっておらず、不十分な景気対策であったことが分かる。それに比べドイツの景気対策は十分であり、1936年には、失業率は恐慌以前の水準以下になったにも拘わらず、更に景気対策を進めており1939年には2.2%にまで下がっている。このグラフからも、1936年からアメリカでは緊縮路線に転換したのは時期尚早であったことが分かる。
残念ながら、アメリカのような民主主義国家では様々な人が勝手な発言をするために、大多数の人が間違えた判断をすることがある。1935年12月に行われたギャラップの調査によれば、「いま予算を均衡させ、公債償還を開始することを必要と考えるか」という質問に対し、賛成は70%、反対は30%だった。緊縮財政に転じた結果、1937年9月から1938年5月までの9ヶ月間に工業生産は33%も低下し税収も予想を下回った。このとき、日本で「失われた20年」の間に行われたと同様な議論がなされた。つまり財政再建を優先させるのか支出を増大させて景気を回復させるのかという議論である。日本では緊縮路線に戻るのだが、当時のアメリカでは積極財政派が勝ち、景気は回復している。もっとも、この財政支出増大は、第二次世界大戦の前夜であり、世界各国が軍事支出を増大させていた時であり、アメリカも例外ではなかったという事情がある。
このように書くと、ヒットラーの経済政策は正しく、ルーズベルトの経済政策は正しくなかったと結論しているように思うかもしれないが、必ずしも結論はそれほど単純ではない。そのことを次に述べる。
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コメント
この記事の内容とは 関係おりませんが
いつも おのさんを 応援しております
あなたみたいな方を 日本は必要してます
もっと多い人々が この ブログをみて
日本経済の本当の 問題点をわかるようになったら。。。。いいんですけどね。。fighting!!
投稿: zaisei | 2010年12月25日 (土) 09時04分