計量経済学は「デフレ経済において増税は悪、減税は善」ということを証明(No.34)
与謝野氏が入閣し、これから民主党政権は大増税の道を歩もうというのだろうか。政府に、もっと経済を勉強して欲しいという願いを込めて2005年にグローバルモデリングセンター所長の大西昭氏と共に計算した結果を以下に示す。 結論は、デフレの時には減税をすべきであり、増税は決して行ってはならぬということである。
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当時(2005年)、検討されていた増税政策と、逆に減税を行う政策を FUGI global modeling system を使い比較検討した。FUGI global modeling system(フジグローバルモデリングシステム)は国連機関で利用され、国際的に知られた先端的な世界経済予測システムである。世界を200の国・地域に分類し、各国・地域モデルが世界的規模で相互依存している超複雑系モデルである。詳細は ONISHI(2003&2005)を参照。
日本経済は外需、特に米国と中国向けの輸出のお陰で景気が上向いたことはよく知られている。日本経済は地球的相互依存の世界経済の影響を大きく受けている。FUGIグローバルモデルは輸出入、資本移動、ODA、為替レート、株価、輸入関税などの波及過程を分析が可能である。また世界レベルでのエネルギー消費量の予測が可能となり、世界人口の増大や人間活動の規模拡大のもたらす地球環境への影響の予測にも使われている。
ここでは、次の2つのシナリオを比較する。
1.増税シナリオ(baseline)
1) 2005年度から定率減税を半減、2006年度から全廃
2) 2007年度から消費税率を10%に引き上げる
定率減税全廃で3.3兆円の増税となり、消費税を10%に引き上げると約10兆円の増税となるから2007年度からは合計約13.3兆円の増税になる。これが、ほぼ現在の政府が考えている経済政策であると思われる。
2.減税シナリオ
1) 2006-2013年に毎年個人所得税および法人税を5兆円、合計10兆円減税。2014年以降は、減税を行わない。
2) 公共投資は2006年レベルを持続。
3) 所得税の定率減税は恒久化。
両シナリオ共、公定歩合は内生変数となっており、過去の実績から判断し、景気の状態、物価、為替、アメリカの金利に応じて変化している。
図1に、実質GDPの推移を両シナリオに対して示した。現在の効果が現れるには時間が掛かるものの、2020年度までの15年間で実質GDPの伸びは減税シナリオのほうが増税シナリオの約3倍であることが分かる。減税シナリオにおけるGDPの大きな伸びは、債務残高のGDP比を減少させるのに極めて有効である。
<図1>
図2a,bでは、2つのシナリオの場合の経済成長率を示した。比較のために、全世界と米国の成長率のグラフも加えてある。成長率が世界的に大きく変動をしているのは、景気変動サイクルがあるためである。図2aから分かることは増税シナリオでは、成長率は1~2%で低迷するということである。世界経済あるいは米国経済に比べても際立って低い成長率になることが分かる。それに対して図2bは減税シナリオでの実質成長率を示した。この場合、次第に成長は加速し、世界の標準レベルに追いつき、2010年頃には追い越すことができることが分かる。
<図2a>
<図2b>
図3では、名目GDPを示した。名目GDP成長率は2011年以降は2%前後となる。
<図3>
一般に誤解されて信じられていることは、この財政が厳しいときに減税すると国の借金が増えて大変だろうということだ。しかし、実際計算してみると逆だと分かる。図4で新規国債発行額を示した。
<図4>
確かに、2012年までは減税シナリオのほうが、多く新規国債を発行しなければならなくなるのだが、その増加額は減税幅よりはずっと小さい。それは税収が大きく増加するためである。減税シナリオのほうが名目GDPが大きく伸びるために債務残高の名目GDPは増税シナリオより低く抑えられることになる。
2014年からは「減税シナリオ」で減税をうち切ることもあり、減税シナリオのほうが、新規国債発行額が少なくてすむ。増税シナリオでは、2020年まで高水準の新規国債発行を続けなければならないのだが、減税シナリオでは2012年頃から新規国債発行額は激減を始め、2019年からは発行しなくてもよいということになる。
同様な結果は、異なるシミュレーションプログラムを使って得られている。宍戸・小野(2003)はEconomate、宍戸(2004)はDEMIOS、小野(2003)は日経NEEDSをそれぞれ用いて、積極財政のほうが緊縮財政よりも債務のGDP比が少なくなり財政が健全化することを示した。
<図5>
図5には石油価格の推移を示した。減税シナリオと増税シナリオとで大きな違いはない。一時的な投機的な動きは別として、2020年まで、石油価格の暴騰はあり得ないことを、このモデルは予測している。
図6、図7はそれぞれ対ドル円相場と対ドルユーロ相場で、これらは減税シナリオで計算したものである。これらも減税シナリオと増税シナリオで大きな違いは見られなかったので1つのグラフにした。
<図6>
<図7>
次に日本経済と世界経済との関係を調べる。図6は両シナリオの元での世界経済の実質成長率である。予想通り、減税シナリオのほうが、増税シナリオよりも世界経済は成長率が高くなる。日本経済と世界経済とは相互に依存しているということであり、日本経済を発展させるということは、世界経済の発展に貢献することであり、それがまた日本経済の発展に貢献するという、いわゆるブーメラン効果を生み出すことになる。
<図8>
先進国は、ODA拠出をGNPの0.7%にするという努力目標が1970年の国連総会で採択され、その後国連環境開発会議やモンテレイ開発資金国際会議などの国際会議の場でも繰り返し言及されている。しかし、日本は財政難を理由にその半分にも満たない額しか拠出していない。景気を刺激し日本経済を発展させることができればODAを増やせるようになるし、日本経済の発展自体が世界経済の発展に寄与するのだということも忘れてはならない。つまり減税は日本の納税者だけのためでなく、世界経済全体の発展のためということができる。日本がODAを増やし途上国への援助を行うと、それが途上国の経済発展を助け、その結果として日本から途上国への輸出が増加することとなり、日本はODAの額以上の利益を得ることを忘れてはならない。また世界から貧困を無くすることができれば、テロの脅威からも解放されることになる。
ここで試算した以上の大規模な財政出動に関しては、小野(2003)を参照して頂きたい。アメリカは約30兆円もの所得税減税で景気を刺激しており、日本も負けずに思い切った減税策を行うことも検討課題だろう。そのような強力な景気刺激策により、日本経済はここで示したものよりずっと早期に成長軌道に乗りゼロ金利解除も早期に行える可能性もでてくる。しかし、その際の国債の暴落、円の暴落があるのではないかという問題に議論がすり替えられ、減税か増税かの検討が本格的に行われていないのが現状である。そうであれば、ここに示すような国債の暴落、円の暴落の心配が全くない小規模な減税策と、政府が検討している増税策とを比較して欲しいという願いからこのレポートをまとめたわけである。
スノー米財務長官は世界の貿易不均衡に関連して、日欧に対して、景気を刺激し内需を拡大するよう繰り返し要求している。また2005年2月のG7で谷垣財務大臣は自律的な内需拡大型の経済成長拡大を公約した。バブル崩壊後十数年が経過し、その間構造改革による内需拡大型の経済成長拡大を唱えられてきたが、構造改革だけでは経済が低迷し続けるということは、現在の経済成長率の低さを見れば明らかである。現在求められているのは、その場しのぎでない長期的展望に基づいた持続的な財政出動である。
債務残高のGDP比ではなく、債務残高の絶対額が問題だという主張があるかもしれない。そうであれば、日本も米国も債務残高は700兆円程度でありアメリカも大規模な減税策を行っているのだから、日本も債務残高を気にせずに同様に減税を行ってよいことになる。
結論をまとめると
1. 減税シナリオのほうが増税シナリオに比べ大幅にGDPの成長速度が増す
2. 減税シナリオのほうが国の債務残高のGDP比も低くなり財政の健全化の速度が速まる
3. 対ドル円レートに関しては減税シナリオでも増税シナリオでも大きな影響はない
結果としてこのレポートで使用したデータは常に変動しており、それに従ってここで記載された結果のデータも日々変化するものである。それ故に、データの詳細にまで立ち入る議論は意味が無く、2005年現在の日本で減税と増税でどちらが正しい選択かを判断する材料としてこのレポートは使われるべきものと考える。
【文献】
Akira Onishi (2003) Integrated Global Models for Sustainable Development、Technology, Information and Systems Management Resources, Volume III, EOLLS Publisher, Oxford, UK . Knowledge for Sustainable Development: An Insight into the Encyclopedia of Life Support System, UNESCO; http://www.eolss.net.
Onishi A (2005) Futures of global interdependence (FUGI) global modeling system, Integrated global model for sustainable development, Journal of Policy Modeling, Vol. 27/1 published February 2005, pp101
宍戸駿太郎・小野盛司(2003) AJER 03-12
宍戸駿太郎(2004) 日本経済成長の「ベストシナリオ」を探る
エコノミスト2004年8月24日号
小野盛司(2003) 『これでいける日本経済復活論』ナビ出版
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