日本でハイパーインフレにならないこれだけの理由(No.120)
以前は景気が悪くなるとすぐに景気対策として財政出動を行っていたが、最近は財政出動はほとんど禁句になってしまった。その理由はこれだけ国の借金があると、財政出動によりハイパーインフレが引き起こされるという間違った説が信じられているからだ。増税をしないと金利が暴騰しハイパーインフレになると信じている人も多いようだ。
しかしながら、現実は政府・日銀の「涙ぐましい」努力にも拘わらず、ハイパーインフレどころか15年前からデフレ脱却すらできていない。物価の変動幅は以前に比べ極端に少なくなっている。
図1
戦前の物価を1944年を100とした指数でみてみよう。
図2
よく知られたデフレは松方デフレと昭和恐慌である。昭和恐慌は世界大恐慌の真っ直中、高橋是清蔵相が国債の日銀引き受けにより大規模な景気対策を行い、世界最速でデフレ脱却に成功した。「刷ったお金」で大規模な景気対策を行ったわけだが、高橋蔵相の蔵相在任期間の1932年~1936年の間は穏やかなインフレだった。2・26事件で高橋蔵相が暗殺された後に発足した廣田内閣では馬場鍈一蔵相が軍部の言いなりになり、過度の国債発行を行いインフレが進んだが、高橋蔵相の景気対策では過度のインフレにせず、経済を活性化させたのであり、その功績は世界的に高く評価されている。
一方で、高橋財政や馬場財政より更にインフレ率を高くしたのが大正バブルであり、これを引き起こしたのは高橋是清蔵相の度を超した積極財政であった。第一次世界大戦の特需で、海外で稼いだお金を日本国内に持ち帰ったために通貨流通量が増えた。さらに金利引き下げまで行っている。1919年の消費者物価は1915年の2.37倍になった。この頃の大蔵大臣だった高橋是清はバブル発生とその後のバブル崩壊を経験し、これが昭和恐慌からのスムーズな脱却を成功させることとなったのだろう。大正バブルは第一次世界大戦における特需で日本は果てしなく発展すると勘違いし「少々のインフレ」は受け入れるべきだと判断した政府が、景気が加熱しているのに気付かずバブルを引き起こしたのだ。1990年前後のバブル景気ではインフレ率は2%程度であったことを考えると、大正バブルは桁違いの規模だったと言える。
図2から言えることは、物価は乱高下はしたものの長期的に見れば緩やかな上昇傾向にあるということだ。経済が発展するには、物価は緩やかに上昇したほうがよいということは、世界中で認められたことである。次のグラフで戦後の物価指数を示す。
図3
1970年代はオイルショックと高い経済成長でインフレ率は高かった。第一次オイルショックでは、原油価格は3ヶ月で4倍近くになり、物価全体に大きな影響を及ぼした。その後も原油価格の値上げはあったものの、様々な対策が取られており、第一次オイルショックほどの影響は無くなっている。図3を見ても、戦後においても長期的に見れば物価はゆるやかな上昇を続けていると言える。しかし、最近の十数年間はデフレが続いており、明らかに異常である。インフレが恐いからデフレを続けているという笑い話のような話しが現実になっている。しかし、急激な物価変動は起こりにくくなっている。
1997年から日本はデフレが続いているが、1997年の物価を100としたとき、2011年の物価指数は96.5である。過去のデフレと比べてみよう。
表1
この表で分かるように、平成におけるデフレは長期であるにも拘わらず下げ幅は小さい。
更に図1から分かるように物価変動幅自体も着実に少なくなっている。それには様々な理由がある。
【理由1】物価の変動の激しい農業生産物のGDPに占める割合が減っている。2010年のGDPに占める農業所得の割合は1.4%にすぎない。
図4
【理由2】
経常黒字の続く日本では輸入は全く問題ない。様々な生産物の国際化により、製品の国際価格が国内価格に大きく影響する。デフォルトを起こした国では、輸入がストップする事が多く、物不足が深刻化するために物価の急騰の可能性があるが、対外純資産が21年連続世界一の日本では外貨不足で輸入代金が払えなくなる可能性はない。この点で日本はギリシャと正反対と言える。特定の商品の値段が上がってくれば、単に輸入量が拡大し値段を下げるだけだ。これは経済のグローバル化と関係しており、経済連携が強化されるにつれ物価変動幅の縮小するということは工業国全体に言えることである。このことは次のグラフからも一目瞭然だ。
図5 出所:OECD Economic Outlook Vol 91、81
図6 出所:OECD,IMF
【理由3】
日銀による金融政策が有効で物価変動幅を少なくしている。また「遠慮気味」の財政政策のお陰でデフレ脱却の機会さえ失っている。
以上述べたように、何が起ころうと日本だけが突然制御不能なインフレになり、例えば年率100%を超えるようなインフレ経済に突入することなど考えられない。過度のインフレになれば、金利を上げたり、預金準備率を上げたり、売りオペをしたり増税・歳出削減したりという財政・金融両面からの制御が極めて有効であり、簡単にインフレを抑えることが可能だ。デフレの今、政府日銀に求められることは、その逆の政策、つまり金利引き下げ、買いオペ、減税・歳出拡大を大胆に行うことである。インフレ率が高くなりすぎたら、インフレ制御に移ればよいのであり、ハイパーインフレを恐れる必要は全くない。
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