TPPに参加し関税を撤廃した場合の経済効果(No.126)
3月15日に安倍総理はTPP交渉参加を表明した。それに伴いTPPのもたらす経済効果の試算も発表されたので、内閣府や農水省に電話で詳細を聞いてみた。それに基づいて少しコメントしてみる。今回発表されたのは
①関税を撤廃した場合の経済効果についての政府統一試算
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2013/130315_touitsushisan.pdf
②農林水産物への影響試算の計算方法について
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2013/130315_nourinsuisan.pdf
③PECC試算の概要
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2013/130315_pecc.pdf
日本のTPP交渉参加の表明に影響され日中韓のFTA交渉も進展の気配も見られる。これが実現すればTPP以上に大きな経済効果が期待される。また安いシェールガスをアメリカから輸入しようと思えば、TPPに入らないと不利になりそうだ。いずれにせよ、国益を最優先にした交渉が望まれる。
まず①ではTPP(11か国)に日本が参加した場合のGTAPという、WTO等の国際機関など世界各国が使っているモデルが使われた。ただし、ここでは関税の完全な撤廃がいきなり行われ、何の対策も講じなかった場合の影響を計算している。当然財政金融政策も同時に行われるのだが、雇用(失業率)は変化ないという前提で計算されている。デフレ経済の日本では、関税撤廃は安い輸入品が入ってきてデフレを悪化させる作用があるので、それに対抗できるだけの十分な財政・金融政策が同時に行われると仮定されているはずで、もしデフレ脱却ができないまま自由化を強行すれば、悪影響は計り知れないと考えるべきである。関税はすべて即時撤廃したとして計算されている。計算結果としては
(1)日本全体:実質GDPが0.66%(3.2兆円)増加
輸出+0.55%(+2.6兆円)、輸入-0.60%(-2.9兆円)
消費+0.61%(+3.0兆円)、投資+0.09%(+0.5兆円)
(2)農林水産物生産額だけに限れば3.0兆円減少
平成22年10月27日にも農林水産省は試算を行っている。このときはTPPに限らず全世界を相手に関税をすべてゼロにし、何の対策も講じなかった場合である。このときは農産物の生産減少額だけでも4.1兆円であった。
http://www.npu.go.jp/policy/policy08/pdf/20101027/siryou3.pdf
22年試算と25年試算の最も大きな違いの一つは、米に対する影響である。米の生産額の減少額は22年試算では1.97兆円だったが、25年試算では1.01兆円である。この差は、TPPでは一部の国から輸入するだけだから32%の米が国産から米国産や豪州産に置き換わるだけだが、全世界相手だと90%が外国産に置き換わるとしている。つまり、TPPの中だけだと、貿易相手国の輸出余力が限られているということでこの差が生じるとしている。アメリカとオーストラリアが産業構造の大規模な変換を行い日本向けに大規模な米の生産を行い始めたら日本の農業のダメージは更に拡大する。しかし、安倍総理は米を聖域として残すつもりだろう。
現在は小麦が輸入され、国内で製粉されているが、関税撤廃後は小麦粉で輸入されるようになる。運輸業などにも大きなダメージを与え、農業及び関連産業全体へのマイナスの影響は22年試算では7.9兆円と見積もっている。ただし、実際は関税をすべてゼロにすることはあり得ないし、しかも外国製品に対抗して競争力を高める努力がなされるから、農業及び関連産業への影響は、これらより少なくなる。
25年の試算では、輸入の増加と輸出の増加がほぼ同程度で、GDPへの寄与は輸入の増加はマイナスに、輸出はプラスにはたらくので、輸出入の増加ではGDPはプラスマイナスほぼゼロだ。しかし、安い輸入品のおかげで物価が下がり、実質的に可処分所得が増え消費が伸びる。その消費の増加分だけが、GDPの伸び、つまり国民生活が豊かになった分だ。
それが次の図で示されている。
輸入品が安くなる一因には関税撤廃の効果もある。輸入品にかけられていた物品税をタダにしたと同じような効果があり、減税したことに等しく、それが消費を増やし、それがGDPを押し上げたとも表現できる。すでに述べたように、このシミュレーションには「雇用は増えも減りもしない」という仮定の基に計算されている。デフレが続いていて、外国からの輸入品のお陰で農業が深刻なダメージを受け、失業者が増え社会問題になるようだとこのシミュレーションは成り立たない。TPP参加を考えるのであれば、消費税増税は棚上げして、まずデフレ脱却に専念し自由競争に耐えうる体力をつけるべきだ。
参考のために、平成25年試算と22年試算で農業生産物の生産減少額の比較を行ってみる。試算は各品目ごとに、価格差、商品競争力を調べ細かく分析がなされている。例えば、牛肉だと国産と輸入品との価格差が大きく、TPPも全世界相手でもほとんど変わらないが、豚肉だとそれほどの価格差が無いので両者で差が出る。
平成25年試算(TPPのみ、林業と漁業も含む)
平成22年試算(全世界に対して完全自由化、林業と漁業は入れていない)
22年と25年の試算は、関税撤廃だけに注目して行った試算だったが、今回の政府発表には、PECC試算
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2013/130315_pecc.pdf
も加えられていた。こちらは関税のみならず、非関税障壁の撤廃、経済ルールの統一、資本の移動等すべてを考慮して計算されている。結論を引用すると以下のようになる。
TPPだけで約10兆円のGDP押し上げ効果があると結論し、東南アジア諸国、中国、韓国まで加えたFTAAPならその2倍以上の押し上げ効果があるとしている。当たり前だが、自由貿易を行う国が増えれば増えるほどGDP押し上げ効果は大きくなる。国際的分業が進めば進むほど国は豊かになるというのは言うまでも無いことだ。
我々の主張は、「お金を刷って国を豊かにする」ということだ。お金を刷れば、そのお金で景気が回復し、失業者も減り遊んでいた生産設備も動きだし、国は豊かになる。しかし、景気が回復した後も更にお金を刷ったとき、刷ったお金が国を豊かにするために使われないなら、インフレになるだけでそれ以上国は豊かにはならない。刷ったお金で非効率な分野で働く人を、もっと付加価値の高く競争力のある発展する分野へ移動させ、非効率な分野の生産物は輸入で補う仕組みができあがれば、国は更に豊かになる。過去には炭坑で働く労働者をもっと発展的な分野に移動し、石炭は輸入品に切り替えたという実績がある。そういった労働者の移動がなかったら今日の豊かな日本は無かった。過去に成し遂げたことを、今できないはずがない。
| 固定リンク
| コメント (3)
| トラックバック (1)