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2014年4月25日 (金)

日本経済の没落のきっかけを作った最初はオイルショック(No.155)

戦後日本経済は世界を驚かすほどの奇跡の復興をした。日本経済復活の勢いを止めたのが2つの誤解だ。その一つが「インフレは悪い、怖い」ということ、もう一つは「国の借金は悪であり、将来世代へのツケ」という考えだ。インフレなくして経済の拡大はないし、どこの国でもそれを受け入れているのに、なぜ日本だけ異常にインフレを怖がるのか。国の借金は日銀が買い取れば、将来世代へのツケではなくなるし、そうしても過度なインフレにならないことは、黒田総裁が異次元金融緩和で証明した。

日本経済の最初のつまずきは、1973年と74年のオイルショックよりもたらされた物価の異常な高騰(狂乱物価)だった。その原因は次の3つだ。
①1973年から田中角栄が引き起こした列島改造ブームで地価が急騰していた。
②第一次オイルショックで原油価格の急騰とその便乗値上げ。
③スミソニアン協定で設定された為替水準を維持するためにお金を刷った。

その結果1973、74年は狂乱物価となった。

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オイル価格の急騰で日本経済は大きな影響を受けた。

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政府は1973年11月総需要抑制策を採り、1973年には公定歩合を9%にまで引き上げ企業の設備投資を抑制する政策を採った。

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その結果消費は低迷し、大型公共事業の凍結・縮小で1974年には実質成長率がマイナスになった。実質成長率は72年度が8.8%、73年度は8.0%であったことを考えれば、74年度-1.4%にまで落ち込ませてしまったことはやりすぎと言わざるを得ない。

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確かに、過度の物価の値上がりは抑えた方がよいしオイルショックによるある程度の景気減速は覚悟すべきだ。しかし、起こっていたのは供給が需要に追いつかないというデマンド・プル・インフレではない。原油の値上がりという一時的な要因のためコスト・プッシュ・インフレが起きただけであり、原油価格が安定すれば放置しても自然に元に戻ったはずだった。異常なまでのインフレ恐怖症が、好調だった経済を徹底的に痛めつけ、高度成長を終わらせてしまった。

失敗の原因は、経済予測が楽観的過ぎたことも原因している。オイルショックで原油価格が約4倍になっただけでなく、トイレットペーパーなどの買い占め、ガソリンスタンドの休日休業、ネオンサインの点灯中止など社会的に大きな影響がでた。実質成長率は1974年の政府見通しで2.5%、日経センター予測で3.7%と急落する予測であったが、実際はさらに悪くマイナス1.4%になった。モデル計算をするのであれば、ここまで厳しい緊縮策でなく、もっと穏やかなソフトランディングできる政策を提案し政府に再考を促すべきではなかったか。

次のグラフは政府と日経センターの実質GDP成長率の予測を実績と比べたものである。見通しが楽観的であったということは、このままの緊縮政策を続けていても経済は大きくは落ち込まないと政府に助言していることになるわけで、景気に対する過剰な自信だ。

        出所:「新しい経済予測論」山澤成康

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経済予測とは逆に、オイル価格の値上がりだけで、日本中に悲観論があふれた。池田内閣で所得倍増計画を立案した下村治までもが今後ゼロ成長が続くと言い始めた。しかし、原油高騰は日本だけではないし、それに対抗して産業の省エネ化が進めばよいだけだった。日本製品の国際競争力は落ちるわけはないし、輸出を伸ばして十分成長は可能だし内需拡大もできるのだからゼロ成長予測は過度の悲観論だ。1960年代の10%を超える実質成長率は無理だったにせよ、かなりのレベルは確保できたはずだ。結局5%程度の成長に移行した。

不運だったのは、1973年11月に愛知揆一大蔵大臣が急死し、後任に均衡財政論者の福田赳夫が起用され、公共事業費の大幅削減を行ったことだ。1974年12月には田中角栄総理が失脚し、後任は三木武夫となった。三木内閣でも福田赳夫は経済担当副総理に就任し物価の値上がりを批判した。彼にとっては経済の健全な成長より健全な財政・安定した通貨がすべてだった。1976年には福田内閣発足した。彼は高度成長を否定した。更に1978年に大平 正芳が誕生したが、やはり財政再建を強く主張する内閣であった。

一方国際社会は内需拡大を強く求めた。ドルショックの時期だけは一時的に日本は経常赤字だったが、それ以外の期間は経常黒字が続いていた。「経済成長の余力のある国は、国際経済を牽引せよ」と、国際社会は日本に景気刺激を求めた。国際収支はゼロサムゲームで、黒字国が外貨をため込んで使わなければ、赤字国は貿易ができなくなり世界経済は縮小してしまう。黒字国は内需を拡大せよというのは正しい要求であり、日本はいつも国際的な義務を果たさずにいる。財政均衡論者は緊縮財政を行えば赤字国債の発行を抑えることができ将来世代へのツケを残さないで済むと言うが、逆に実際は緊縮財政で税収が減り、財政は悪化している。こんな単純な間違いに日本国民が気づくのはいつの日になるのだろうか。

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コメント

 今日は。higashiyamato1979です。この記事は経済以前に日本人が抱える問題点を炙り出していると思います。「羹に懲りて膾を吹く」、我々日本人はこのことわざを事有る毎に脳髄に焼き付ける必要が有りそうです。
 それでは決まり文句! お金が無ければ刷りなさい! 労働はロボットに!人間は貴族に!

投稿: higashiyamato1979 | 2014年4月27日 (日) 12時59分

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