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2015年1月30日 (金)

イギリスの経済発展と没落の歴史を現在の日本経済と比較する(No.170)

通常国会が始まり、来年度予算が審議されている。現在の日本は昨年の消費増税によりマイナス成長に落ち込んだというのに、議論されるのはどうやって歳出を削減するかということばかりだ。この調子では日本経済は失われた20年から失われた30年へと移行してしまう。イギリス経済から学ぶ事は多いので、比較してみよう。

イギリスは政府債務のGDP比が200%を超えたのは2度あった。1940年代半ばには第二次世界大戦の戦費の負担が増大しGDPの2倍弱に達したが、日本などと同様にインフレで政府債務は解消された。19世紀の初めにも政府債務のGDP比は288%にも達した。これはナポレオン戦争(1803~1815)が影響している。イギリスはロンドンで公債市場が整備されており、大規模な資金の調達が可能だったのだが、フランスではそれに相当する市場がなく、通貨戦争でイギリスはフランスに勝ったと言える。一方で、イギリスの政府債務は膨れあがった。その後デフレだったにも拘わらず1991年にはGDP比が43%にまで減少した。国債残高そのものは2割くらいしか減っていないのだが、デフレにも拘わらずGDPは4倍になった。経済成長がいかに重要かを示している。

http://jp.fujitsu.com/group/fri/downloads/report/research/2003/report158.pdf

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経済成長を可能にしたのは、産業革命であり、機械化によって物の値段は下がったが、生産力は上がった。人口増加もGNPを押し上げたが、それに加え一人当たりのGNPも増えた。その結果国債残高のGNP比は次のように下がっていった。

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国の債務が膨れあがると、金利が上がり景気悪化を招くと言われることがある。クルーグマンは、イギリスのデータを示している。

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ナポレオン戦争後だけでなく、1945年にもイギリスの債務のGDP比は250%を超している。しかし、このグラフではこれらの時期でも金利は特に高くないことが示されている。現在の日本でも同様だ。国の借金が増えると金利が暴騰するというのは、倒産寸前の企業だが、国には通貨発行権があり、事情は全く違うということだ。

家計や会社の財務とは違い、長期的には、どの国でも債務残高は果てしなく増え続けている。債務残高のGDP比は、GDPの伸びが大きければ減っていくし、小さければ増えていくということ。日本は20年近くGDPは減少気味だから当然債務残高のGDP比は大きく増えていくのだが、今後積極財政に転じてGDPが拡大基調になることがあれば間違いなく減少する。

政府債務だけに気を取られ、日本はもっと重要な事を忘れている。デフレを続けていると企業の国際競争力が落ちて、前世代から豊かだった日本を受け継いだのに、次世代へは貧しい日本を残してしまうことになる。これでよいのだろうか。これは19世紀末(1873~1896年)の大不況期のイギリス経済に似ている。18世紀半ばから19世紀にかけて、イギリスがいち早く 産業革命を成し遂げ、世界の工場としても地位を確立した。これは日本が高度成長期を経て、GDP世界2位になったことに対応する。19世紀後半に(当時の後進国の)米国やドイツが急速に工業化し 安価な工業製品、農産物などがイギリス国内に流入した。これは現在中国などが急速に工業化、安価な中国製品が日本に流入したのに似ている。
 
一方デフレの原因は、当時のイギリスでは金本位制の下で金が不足し、お金が作れなかった。1890年代に入り新たな金鉱脈が発見され、金の供給不足は解消した。現在の日本ではバブル崩壊の後、税収が落ち込み政府債務が拡大、政府も民間企業も借金返済に追われ、カネ不足になりデフレになった。金本位制から離脱し管理通貨制度に移行したのだから、本来いくらでもおカネは刷れた。しかし馬鹿げた話だがそれが行われずデフレが続き、国が衰退している。

当時のイギリスの場合、物価が上がるのに、賃金は上昇し、企業は競争力を失い、国内で企業は収益を上げられなくなった。

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一方日本ではデフレで賃金も落ち込み、需要が減少。企業は国内で収益を上げられなくなった事は当時のイギリスと同じだ。

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重要なことは、国内では投資しても収益が見込めなくなったので、資金は海外へ逃げていき、企業も海外に工場をつくり海外で収益を挙げ、稼いだおカネは海外に投資したので、国内経済は長期に衰退していった。

当時イギリスは米国、ヨーロッパ諸国、インド等に多額の投資をした。その後、これらの国々がイギリスのライバルになるになった。(これは現在の日本が中国等に投資しているのと似ている。)化学、電気、電機、内燃機関、自動車などの新産業が起きてきたが、リードしたのはドイツや米国であった。イギリスは在来型商品を英帝国内での貿易に力点を置いたことから取り残された。海外投資からの利子によって生活する寄生階級を生み出した。
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現在の日本も同様で日本が投資した国々は発展し、日本の強力なライバルとなった。過去に稼いだ外貨が十分あったので、デフォルトにはならず、新しい産業への積極投資も行われなかったことが世界経済の中で日本が衰退を続けることとなった。

出所:内閣府
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イギリス経済の衰退の歴史の二の舞にならないように、今日本に求められていることは、減税や財政拡大によって内需を拡大し、デフレから脱却し、国内で企業が十分収益が挙げられる経済状態に戻すことである。財政赤字を増やし景気を回復し経済成長が加速してくれば、国の債務のGDP比は間違いなく減ってくる。必要なのは、増税でなく減税、歳出削減でなく拡大で経済のパイを大きくすることであり、日本経済を牽引してくれる産業を国の強力な後押しで育てることである。

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コメント

 今日は。higashiyamato1979です。「腐っても鯛」という諺がありますが産業革命の先駆者というだけあって英国の事例は見るべきものが多いですね。菊池英博氏の著書によると超大国の座を降りたいまでも、毎年財政を拡大しGDPに占める国債発行額の割合を減らすという積極財政を堅持し続けているとのことです。英国ー個人的には嫌な国ですがドイツと並び明治日本が模範とした国だけに見習うべき点は真摯に見習うべきでしょう。
 それでは決まり文句! お金が無ければ刷りなさい! 労働はロボットに!人間は貴族に!

投稿: higashiyamato1979 | 2015年2月 1日 (日) 12時32分

>当時のイギリスの場合、物価が上がるのに、賃金は上昇し、企業は競争力を失い、国内で企業は収益を上げられなくなった。

イギリスの物価と賃金の推移グラフ からすると、
正しくは
「当時のイギリスの場合、物価が下がるのに、賃金は上昇し、企業は競争力を失い、国内で企業は収益を上げられなくなった。」
ですか?

そうだとして、
物価が下がるのに名目賃金が上昇すれば、それは実質賃金の大幅上昇なので、当時のイギリス国民は困っていないということですね。

それに対し、1997年から実質賃金が下がり続けている日本は 非常に問題ですね。

投稿: | 2015年2月 1日 (日) 17時32分

当時のイギリスは、覇権国家としてのプライドでしょうか。労働者の力が強くなりすぎたのでしょうね。私も1970年代にイギリスに暮らした事もあるのですが、あの当時も働くよりストライキで賃上げ要求をしたほうがいいなどと言ってました。一時的な実質所得の上昇はあっても、それでは国際的な競争力は失われ、衰退していきますね。だんだん困っていきます。

日本は実質賃金が下がるという面では国際的競争力はキープできたのでしょうが、賃金下落による消費の落ち込みで、内需が減少、国内では何を売っても利益がでないという状況になっています。

投稿: 小野盛司 | 2015年2月 9日 (月) 15時15分

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