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2016年8月16日 (火)

「ヘリコプターマネーならハイパーインフレ」は時代錯誤(No.209)

最近はヘリコプターマネー(ヘリマネ)の議論が盛んに行われるようになった。ヘリマネは政府が通貨を発行して国民に配ることを意味する。ヘリマネを推奨している前FRB議長のバーナンキが7月12日に安倍首相と面談した後、ヘリマネが実行されるのではないかと期待する市場関係者が多くなった。円は一時1ドル107円まで急落、株も上昇した。これは、ヘリマネによって日本がデフレから脱却するのではないかという期待の表れである。

これに反して一部の識者はヘリマネが実施されれば、通貨の信認が失われハイパーインフレになると主張する。そこで決まって引用されるのは昭和恐慌の際の高橋是清による日銀の国債引受だ。一方でこれは世界大恐慌に巻き込まれ昭和恐慌に陥った日本経済を世界でいち早く立ち直らせたとして世界的にも極めて評価が高い。これを一種のヘリマネと呼んでもよいのかもしれないが、今、高橋是清流の日銀国債引受を行ったとしたらでデフレから脱却でき景気が回復するだろうという予測に関しては多くの識者が同意する。意見が分かれるのは景気が回復した後に何が起きるかという点だ。

高橋是清は、景気が回復した後、これ以上の国債の大量発行はインフレを招くだけで経済はよくならないとし健全財政を守ろうとした。しかしこれが軍事費拡大を要求していた軍の反発を招き、1936年高橋是清は2・26事件で陸軍青年将校に暗殺されてしまった。その後大蔵大臣に就任した馬場鍈一は軍事費が大膨張する政策へ大転換を行っていった。一部の識者は、もし現在ヘリマネなどの通貨増発策を行えば、この例のように、際限なくヘリマネを利用するようになりハイパーインフレになると主張する。だからヘリマネは良くないというわけだ。

しかし、以下の理由によりこの主張は誤解に基づいている。

①当時は日清・日露・第一次世界大戦と3回連続で戦争に勝利しており、占領地を広げつつあった。欧米諸国(特に大英帝国・アメリカ合衆国)の植民地支配から東アジア・東南アジアを解放し、東アジア・東南アジアに日本を盟主とする共存共栄の新たな国際秩序を建設しようという大東亜共栄圏構想があった。1937年に日中戦争、1939年からは第二次世界大戦が始まり「欲しがりません勝つまでは」というスローガンの下で、国民合意の上で国民生活を一時的に犠牲にしても軍事中心の財政政策を行うことになったのであり財政拡大に国民の支持があった。このように生活を犠牲にしてでも戦争を推進する考えを持つ国民は現在いない。

②それに軍の暴走は誰にも止められない状況だった。彼らは、東京の陸軍参謀本部の賛同者たちと連携をとりながら1931年9月に満州鉄道を爆破し、それを中国軍の仕業であるとして軍事行動を開始したのが満州事変である。軍は占領した現地で勝手に通貨を発行した。朝鮮銀行は朝鮮銀行券を、満州中央銀行は満州中央銀行券を、台湾銀行は台湾銀行券を発行し、軍は自ら戦費をまかなった。この軍の暴走を日本の国民は拍手喝采をおくったのだが、これも現在ではあり得ない。だからこそ国民は通貨発行で財源を得て軍事費に使うことを許したわけである。戦争で果てしなく領土を拡大できるという誘惑に駆られて財政をどんどん拡大していった。

③現在の日本はこれとは余りにも違う。平和憲法を持ち、戦争を強く否定する人ばかりである。そもそも、軍拡をして近隣諸国の占領などできるわけがない。例えば徴兵制を敷いて兵力を増強し他国を侵略し始めようと誰かが言い出したとしよう。しかし、たった2発の原爆を落とされただけで無条件降伏をしなければならなかった過去を考えれば、勝つ見込みはゼロで、意味の無い戦争には、ほぼ全員が反対するだろう。我々には平和に生きるしか道は無い。

では、戦争以外で果てしなく通貨発行をしたくなるような状況は訪れるのだろうか。公共事業も働き手に限界があり、世界大戦にための財政拡大ほどの規模で予算を拡大しようとは誰も考えない。福祉、医療、介護、教育、農業、研究開発など考えても、予算拡大には限度があり、人手不足が深刻化しインフレ率が高すぎるようになったら、それ以上の通貨発行に政治家や国民の支持は得られるわけがない。

例えば、安倍首相が一度ヘリマネを実施したとしよう。ああ、こんないい方法があるのなら何度でもやろうと思うようになり、果てしなく繰り返すようになるだろうか。実は現在でも国債を発行すれば、異常なほど低い金利で、いくらでも市場で売却することができ財源はいくらでも確保できる。2016年7月末で日銀の国債保有残高は373兆円であり毎年80兆円だけ保有残高を増やしている。政府が国債を増発すれば、事実上ヘリマネと同じことを行っていることになる。つまり今でも国債を増発して財政支出を果てしなく拡大できる。それを安倍首相はできるのにしないのは国民の理解が得られていないと判断しているからだ。ということは、ヘリマネに味を占めたとしても、国民の理解が得られない限り果てしなく財政を拡大することはないということを意味している。

そもそも高橋是清はヘリマネに味を占め、ヘリマネを果てしなく繰り返そうとしたわけではない。景気が回復しインフレ気味になった後は、財政拡大を抑えようとしている。更に日銀保有の国債を市場で売却している。麻薬患者が麻薬を止められないようにヘリマネが止められなくなったわけではない。高橋是清が暗殺された後に大蔵大臣になった馬場鍈一は軍の要請で国債を増発したが増税も行っているのだから馬場もヘリマネ中毒になったわけではない。軍が国債を増発させて軍事費をまかなったのは何も高橋是清の国債日銀引受に味を占めてそれを繰り返したということでも無い。軍はその前から朝鮮や満州等で通貨を発行し戦費を確保している。それと同じことを本土でも行っただけだ。

江戸時代、明治時代等、ヘリマネに相当する通貨発行は繰り返し行われていたのであり、高橋是清が最初ではないし、単にそれに味を占めて国債発行が繰り返されたわけでは無い。

戦後インフレになったのは、高橋是清のせいではなくて、米国軍の爆撃で日本が焼け野原になり、生産設備が破壊され極度の物不足になったのが原因である。食糧不足で餓死者まで出るようになったとき、人は闇市でわずかな食料を奪い合った。その結果当然物価が上がった。復興債の日銀引受が更にインフレを加速させた。これは傾斜生産方式と言われ、日本経済を復活させるために基礎となる石炭・電力・鉄鋼・海運などを中心に基幹産業の復興を最優先した。その結果、生産は急回復し、みるみる生活は豊かになり、驚異的な経済成長へとつながっていくのである。インフレになれば生活は破壊されるという主張は間違いである。戦後間もない頃インフレはすすんだがその間も生産は急回復し、みるみる生活は豊かになっていった。

物余りの現代、ハイパーインフレになるほどの深刻な物不足になるのだろうか。100円ショップや大型スーパーに行ってみればよい。おびただしい商品が並んでいるし、どの棚も空になるほどの、つまり終戦直後のような深刻な物不足が将来訪れるわけがないことは理解できるだろう。

つまり「ヘリマネならハイパーインフレ」は時代錯誤の考えであり終戦直後のインフレはもう来ないのである。

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コメント

 今日は。higashiyamato1979です。ハイパーインフレなんて言ってる人は今の日本のモノ余り、生産能力過剰が目に入らないのでしょうね。大震災直後のモノ不足でさえあっという間に元に戻ったというのに・・・やれやれ。
 それでは決まり文句! お金が無ければ刷りなさい! 労働はロボットに!人間は貴族に!

投稿: | 2016年8月16日 (火) 14時47分

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