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2018年11月 4日 (日)

ベーシックインカムと不都合な事実(No.322)

(1)今すぐベーシックインカムを始めるとどうなるか

ベーシックインカムは多くの人により研究されており、条件付きだが筆者も反対はしていない。しかし、そこには不都合な事実もあることを忘れてはいけない。例えば毎月一人当たり10万円を配ろうとしたら年間140兆円の財源が必要となり、そういう提案に今の財務省や政治家が耳を貸すとは到底思えない。そもそも税率というもの高くすればいくらでも税収は増えるというわけでもなく、ある限度を超えると逆に税収は減少し始める。これはラッファーカーブという名前で知られている。

例えば凄まじい大増税をして毎月10万円を全ての国民に配ることができたとしてみる。最も得をするのは田舎でほぼ自給自足をしている小規模農家だ。小さな畑を持ち自分で食べるものは自分で育てれば良い。近くに親戚等が住んでいれば、分業で様々な農作物を育て分け合えばよい。あるいはこっそり露店で売っても税務署にはほとんど補足されないだろう。通常の流通ルートを使えば重税が課せられほとんど利益にならないが、露店で売れば自分の収入が大幅に増えるのだからそうする人が増えるに違いない。露店で買った方がスーパーで買うより安くて品質もよいなら誰もが露店で買う。ガレージセールも盛んになるかもしれない。もちろん正確に税務申告するなら合法だが、ごまかせば違法になる。だが税務署がすべての取引を補足するのは無理だ。サラリーマンが脱サラして大量に農村に住むようになるだろう。地方の活性化に役立つかもしれないが、貴重な都会の労働力が失われる。制度として適材適所でその国の労働力が使えないのは致命的な欠陥となる。

農家に限らない。例えば家庭教師を個人的に行っている人は税務署に報告しない可能性がある。自分は政府からの給付金で暮らしていけますから働いていませんと言えば良いだけだ。税務署が補足するには探偵事務所にお願いするしか無いが、そんなことはとてもやっていられない。お店であろうと工場であろうと小規模であるほど節税の工夫はやりやすくなる。例えば事業所を帳簿上だけは複数に分割する。それぞれ税務署の管轄が異なるようにしておけば、税務署が調べようにも部分的にしか調べられず、利益を移動させることにより合法的に利益が見えなくできる。

今は税率が低いからそんな手間を掛け税理士を雇っても得にはならないのだが、大増税をするなら、それが採算に合うこととなる。しかもその方法が一般に広く使われるようになれば、税収が落ち込むわけだから、税収確保のためには取れるところからもっと取るしか無く、税率は更に上がることとなる。もしかしたら、大企業も悲鳴を上げ、従業員をすべて外注に切り替えるかもしれない。例えばAさんを営業マンとして雇う代わりにAさんに外注専門の個人事業者として形の上で独立してもらうわけだ。実質的には社員と変わらないが、帳簿上は独立して事業所に営業を委託した形になる。Aさんは頑張って様々な領収書を集め、営業経費として計上し節税をする。税率が低い現在では得にはならないが、税率がはね上がると節税効果が大きくなる。重要なのは、税務署が全従業員の確定申告を詳しく調査する暇がないことだ。ほとんどが黙認され節税は成功する。今でも商売は利益を出すのは大変厳しいのだが、大増税後にまともに税金を払って採算が取れる会社などほとんど無くなる。

政府が節税・脱税の抜け穴を封じたとすれば、大企業は重い税負担を補うため従業員の給料を低く抑えるしかない。そうなると大企業で働くより田舎で小規模な農家をやっていたほうが収入が増えるということになり、大企業が衰退していき、国際競争力も失われていく。

確定申告の数は毎年6000万件になるだろうし、税務署が税務調査をできるのはそのうち10万件にすぎない。つまり税務調査を受ける確率は600年に1回ということになるから、ほぼ一生の間税務調査は受けないと思って良い。ということなら脱税し放題になる可能性がある。心配なら僅かな保険金を払って「税務調査保険」に加入すればよい。万一税務調査を受けた場合でも、その年の税金を重加算税まで含め全額払ってくれるものである。

本来課税対象とされるべき所得の内、税務署がどの程度の割合を把握しているかを示す数値を捕捉率と呼ぶ。この捕捉率は業種によって異なり、給与所得者は約9割、自営業者は約6割、農業、林業、水産業従事者は約4割であると言われこのことを指して「クロヨン」と言われている。税率が低い現在はクロヨンで収まっているのだが、税率がはね上がると人は更に巧妙な節税・脱税方法を発見するに違いない。悪くすると「正直者は馬鹿を見る」ということでモラルハザードに陥った世界が実現する可能性がある。そのとき日本はデフレスパイラルに陥りGDPは減少し、大企業は没落し、平均所得も下がり、税収も減ってきて毎月行う給付金も下げざるを得なくなる。つまり日本全体が貧乏になってくる。

ベーシックインカムを払えば年金を払わなくて済むから財源の一部になると考えることができるだろうか。しかし、定年まで多額の年金積立金を払ってきた人と全く払ってこなかった人が同額のベーシックインカムを受け取り、年金をゼロにすることはできない。年金を払った人には約束通り一生の間年金を払うしか無い。ベーシックインカムがあるのだからもう年金は要らないだろうという論理は通らない。

結論から言えば「増税の前にやることがある」である。今すぐにベーシックインカムを導入するのは時期尚早ということだ。今は人手不足が深刻な時期であり、ベーシックインカムを導入して大量の労働力を失う余裕はない。AIが大量の雇用を奪い、失業率が激増するような時代が来させるまで、やらなければならないことがあるのだが、そこには不都合な事実が待っている。

(2)ベーシックインカムの前にやるべき事

10月23日、パーソル総合研究所と中央大学の調査「労働市場の未来推計2030」が発表された。それによると日本の人手不足が2030年には644万人に達するとしている。これは国が調査した就業者数や完全失業率、経済成長率などのデータを基に試算を行った結果である。これに同調するかのように海老原嗣生氏が『「AIで仕事がなくなる」論のウソ』という本で、AIが導入されても15年でなくなる雇用はせいぜい9%だという調査結果を示している。

他方では、AIが雇用を奪い失業者だらけになるという正反対の予測もある。両者の考えは一定の仮定の基で正しいのだが、両者の決定的な違いは未来社会がAIを受け入れられる社会なのかどうかということだ。そこで不都合な真実が浮かんでくる。AIを受け入れられる社会に移行するには、日本人が大嫌いな改革を大胆に行う必要があることだ。

第一の改革は規模の拡大だ。AI導入にはお金が掛かり、小規模事業者では導入は無理だ。例えば農業だとAIに小さな農地の農作業をさせるのは非効率だが、大規模農業であれば、AIを使った無人の農業機械が活躍できるし、農家の収入も拡大できる。外国から農産物が入ってきても対抗できる。漁業でも同様で、小型漁船にAIを導入するのは非効率だが、大規模漁船で漁業資源の管理もしながらAIを導入すれば漁民の収入も増え漁業の発展も見込める。小売りも同様で、小規模小売店が乱立し、各店舗に対しメーカーの営業マンが商品の売り込みに行くやり方は非効率であり、アマゾンのような大規模ネット販売が浸食してくるのではないか。自動運転車やドローンによる無人の配達が可能になれば、圧倒的な競争力を持つようになると考えられる。弱者切り捨てという批判が出るだろうが、大規模な補助金を使い、切り捨てられる人が出ないように労働者のスムーズに移動をさせることが出来るかどうかで日本の運命が決まる。

第二の改革は許認可の問題だ。例えば自動運転技術の開発のためには公道を自動運転車が走ることを許可してもらわなければならない。また自動運転車が完成しても、それを公道で走らせるための許可が必要となる。過去の事例から推測すれば、日本は諸外国より遅れるのではないかと危惧する。それが人手不足に拍車を掛けるのではないか。医療もAIが入りやすい分野だ。国が有効性を認め保険が適用される禁煙アプリが第一弾として2019年にも登場する見込みである。いちいち病院に行かなくても、スマホのアプリとの対話によって治療ができる。有効性の確認が必要となるが、徐々にAIがカバーする病気の範囲が拡大してくるに違いない。現代医学の粋を集めれば相当の範囲の治療が病院に行かなくても出来るようになるのではないか。一定の範囲で薬の処方箋を出すこともできるようになるだろうし、医師不足の解消や無医村地区でも医療に貢献する。教師不足への対応も可能だ。授業の内容にもよるが、多くの授業はビデオで置き換え可能でビデオの質を高めれば先生の授業以上の成果は出る。生徒のレベルに応じたビデオを見せることも可能だ。生徒との質疑応答も本気で開発すれば人間よりAIのほうが、質を高められる。重要な事はAIなら全生徒に個別対応できることだ。人間が教えるよりAIのほうが教育効果が高いことが高められるのであれば導入してもよいという国の許可が必要だ。

以上述べてきたように、AIを導入するための改革を行えるかどうかで、天と地の差が出る。これは不都合な真実だ。改革をしなければ、人は貧しいまま、苦しい労働を続けなければならないし、そんな低賃金では人は集まらないから人手不足は深刻化する。改革すればバラ色の未来が開けるが、そこにたどり着くには各分野からの猛烈な反対を押し切る必要が出る。世界は間違いなくAI導入を積極的に行うが日本もそれができるのか決断の時が迫っている。

第一と第二の改革ができたとして、残るは研究開発への大規模投資だ。世界を見渡せば、時価総額ランキングで上位はすべてIT大手である。日本トップのトヨタは42位であり、韓国のサムスンの16位よりはるか下である。これは日本経済の没落を象徴するようなものであり、一刻も早く周回遅れとなったAI開発を挽回する必要がある。これには政府による大規模投資が必要となるが、この分野であればどんなに投資しても投資し過ぎることはない。ここで必要になるのはベーシックインカムで必要とされる100兆円規模の財源ではない。僅か数兆円であってもAI開発にとっては途方も無い巨額の投資だ。人材不足でAIに強い人集めに苦労するに違いない。ここは国の内外から優秀な人材を異例の高給で引き抜くとよい。日本は産業用ロボットを得意とするのだから、AIで強化した産業用ロボットの開発を強化する事は極めて大きな意義を持つ。国債発行で数兆円程度を確保するのであれば、不況の続く日本経済にとって益あっても害はない。

(3)今すぐ生活困窮者を救う方法
筆者の拙書
『労働はロボットに、人間は貴族に ロボット ウィズ アス』(2005)
で、労働をAI/ロボットが行うようになったときの社会・経済を詳しく説明し増税ではうまくいかないことも説明した。その段階に到る前、生活困窮者に対して何ができるだろうか。一部のベーシックインカムを主張する人たちは、ベーシックインカム自体が生活困窮者を救う道だと考えているようだが、(1)で述べたように、行き過ぎた増税が経済システムを壊してしまい、決して望むような結果を生まない。大部分の労働をAI/ロボットが行うようになった事が確認できるまで労働の量と質に応じて収入が決まるという現在のシステムを崩すべきではない。

現在の生活困窮者を救う日本の制度はうまく機能していない。生活に困っている人であっても貯金があったり家や車を持っていたりローンがあったり家族や親族から援助が見込めたり働けるのに働いてなかったりしたら生活保護は受けられない。受給ができるのは生活困窮者の中のごく一部だと言われている。そこで少ない予算で多くの生活困窮者を救う方法として次のような提案を行った。
http://ajer.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/no280-cfbf.html
これを筆者はミニマムサプライと名付けた。

物余りの時代、日本に関して言えば、本来食べられたはずの、いわゆる「食品ロス」は500万~800万トンである。これは、わが国のコメの年間収穫量(平成25年約860万トン)に近い。食べられるのに捨てている食糧を提供してもらったり、企業から寄付を受けたり、大量につくった極めて低価格の食料品や日用品(品数は限定する)を買い取ったりして、それを国営商店で無料で配布する。この商店には使えるけど使わなくなった衣服とか本とか日用品とか家具とか何でも持ってきてもらい、無料で配る。現代ではたくさんの無駄がある。まだ十分食べられるのに見栄えが悪くなり売り物にならないとして捨ててしまう食品、使えるのに傷物として処分する製品、引っ越しでいらなくなった物等も国が集めて国営商店で無料で配布する。ただしこの無料の商店に入れるのは事前登録した生活困窮者に限る。顔認証を行い、限られた人のみ限られた量の商品を無料で入手可能とする。生活保護に比べ、効率的に支援できるので広い範囲の生活困窮者を救うことが出来る。更に詳しくは上記のサイトを見て頂きたい。

(4)AI/ロボットに雇用を奪われたら

次第にAI/ロボットが本格的に雇用を奪う時代が来る。それが2040年なのか更に後なのか分からないが確実にその時代はやってくる。AI/ロボットを使って財・サービスを提供するのは超巨大IT企業である。お金を使うとお金は国民からこの企業に流れるが、そういった企業はAI/ロボットに働かせるわけだから、労働者はほとんどおらず、企業から国民へのお金の流れは少ない。労働者がほとんどいないということは所得税収は極めて少ないということだ。何らかの方法で企業から国民へというお金の流れをつくらないと国民はお金を使えないので経済は破綻する。これを大増税という形でお金の流れをつくろうとすると(1)で述べたように失敗する。

筆者の提案は、労働者を雇わなくなった超巨大IT企業の株を政府が買い占めて国有化することである。
http://ajer.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/no178-f971.html
国は物言わぬ株主として通常経営に口出しはしないが、多額の利益が上がったときは、多額の配当を促すことにより国の財源とする。この頃の企業は労働者に賃金を払わなくても良いので、利潤が極めて大きく配当も巨額になる。最終的には経営もAIに任せた方がよくなるので、完全国営化する。今でも日銀はETFという形で企業の株を買っている。これを更に買い進めるということである。国営化された独占企業だと競争が無くなり進歩が止まると考えるかもしれない。しかし、この時代での進歩とは労働生産性の向上である。人手を借りずに生産できるということは労働者一人当たりの生産高で計算される労働生産性はすでに無限大である。無限大からいくら増大しても無限大に変わりは無いが国営企業内にいる研究員と極度に発達したAIが競い合って更なる改良・改革を行っていく。

このような方法で政府が十分な財源を確保したらベーシックインカムが可能となる。ただしベーシックインカムでお金をもらっただけでは国民は何をすれば良いのか路頭に迷うし、何かやろうにも受け皿が整備されていない。人にはそれぞれ夢がある。サッカーや野球の選手、医師、プログラマー、学者、エンジニア、看護師、歌手、画家、カウンセラー、デザイナーなど様々な夢があるだろう。政府に十分な財源があるならできるだけ多くの人の夢を叶えてやるように支援をするとよい。筆者はこのような支援をJOD(Job on Demand)と呼んだ。
http://ajer.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/job-on-demand-2.html

例えば野球選手になりたい人がたくさんいたとする。今は1チームあたり1軍でプレイできる選手の人数は最大28名、各チームの支配下登録選手は70名までである。高給を稼げるのはごく僅かな人だけだが、JODでは1チーム当たりの人数を増やす。活躍できる人ほど給料が高くなるのは今と変わらないが最悪の成績でも生活ができるだけの収入は保障する。チーム数も増やし球場の数も練習場も増やす。多くの人に野球を楽しんでもらうよう、国が援助して入場料を安くする。

歌手などの音楽家の活動も国が援助する。コンサートホールもたくさん建設し、音楽会も支援し安く頻繁に開く。音楽家も今は音楽家として生活費が稼げる人はごく僅かだし音楽会も結構チケットが高いから頻繁には行けないが、この時代には多くの音楽家が生活できるよう支援をする。また多くの国民に音楽を親しんでもらうために、音楽会の入場料をごく安くしてもやっていけるよう国が支援をする。

医者になりたいという希望者が多いかもしれない。この時代医者が金持ちとは限らない。人間の医者よりAI/ロボットの方が正確な診断が可能になっている可能性があるからだ。医学の研究で膨大な論文が発表されており、人間は最新の研究論文まで含めて全部読んで理解するのは無理だ。しかも個人カルテが電子化されその人の病歴、検査結果、治療履歴、個々の薬の効き具合、アレルギー反応等膨大な情報が記録されており、それらをすべて考慮に入れて治療方針を決定するとなると、人間の医者よりAI/ロボットの方が誤診が少なくずっと優れているということになっているだろう。そうであればAIの補助としての医者は、それほどの高給が稼げる職業ではなくなっている可能性がある。人の命を預かる責任の重い仕事だし、高度なAIよりもミスが多いし、病状が急変したら深夜でも起こされるのだが、給料が安くても希望者が多いのかどうか分からない。

JODでは、希望者全員を公務員として雇い生活できる最低限の給料は払うのだからベーシックインカムの拡張版と思って頂いてよい。更に詳しくは上記サイトか上記拙書を参照して頂きたい。

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コメント

・供給力不足(人手不足)の間は、供給力向上のための技術開発(例.AI開発)、そのための技術開発投資を行うべき。
・供給力過剰(例.宅配の全機械化,医療のAI化・ロボット化,・・による失業増)に対しては、需要増(お金の配布による庶民の購買力確保)の政策を行うべき。財源はたとえば企業の国有化,政府通貨,・・
ということですね。

需要と供給のバランスを取ることを常に考えるべきですね。 たいへん勉強になりました。 いい考え・政策提案だと思います。

投稿: hugoniot | 2018年11月 4日 (日) 16時58分

 今晩は。higashiyamato1979です。日本の未来は明るい、しかしそれを理解しようとしない者が大勢居る。いかに理解させるかが課題です。
 それでは決まり文句! お金が無ければ刷りなさい! 労働はロボットに!人間は貴族に!

投稿: higashiyamato1979 | 2018年11月 4日 (日) 17時34分

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