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2019年3月17日 (日)

ベーシックインカムvs解放主義(No.342)

将来AI/ロボットが雇用をすべて奪ってしまったら人はどうやってお金を稼いだらよいのか。国民全員に同額の給料を払えというのがベーシックインカムというアイディアである。しかし、もしもある会社で社長から平社員、パート、バイトまですべて同じ給料にしたらやる気を失ってしまう人も多いし同じ給料なら働いたふりをしてろくに働かない社員も出てくるのではないだろうか。旧ソ連や東欧諸国の失敗を繰り返すことになるかもしれない。

日本の生活保護制度は生活困窮者を必ずしも救っていない。財政難の問題があり受付担当者が生活保護を申し込みに来た人にできるだけ他の手段で収入を得るよう説得する。そのため受給資格があるのに諦めてしまう人も少なくない。その結果公平性に欠くことになるのだが、ベーシックインカムであれば、それがない。しかし財源は桁違いに大きくなる。やはりベーシックインカムの問題は巨額の財源をどうするのかということと、働かなくても一生の間一定の収入を得られるなら労働意欲が失われるのではないかということだ。

2016年、スイスでベーシックインカム導入の是非を問う国民投票が行われ、賛成23%、反対77%の圧倒的多数で否決された。次のように世界各地でベーシックインカムの導入実験が行われている。
2016年1月オランダのユトレヒト
2017年フィンランド
2017年カナダのオンタリオ州
しかしながら、国全体で、無期限に行われないと本当の意味のベーシックインカムの実験にはならない。国の一部だけで行われると、それ以外の地区から激しい不満の声が出るし、期間限定で行われると、本人はそれが終わった後の準備をするから、ベーシックインカムの実験にはならない。国民全体が無期限に生活費を支払ってもらえると分かったとき、国民の生活はどう変わるのかということは、実際にそういう環境にならないと分からない。

唯一、本当の意味のベーシックインカムに近い「実験」が行われたと言えるのは、ナウル共和国である。これは太平洋の赤道付近に浮かぶ人口1万程度の小さな常夏の島国である。

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もともとナウル人はココナツを採ったり漁に出たりして自給自足で生活していた。ナウル島はアホウドリの糞でできた島であり、リン鉱石が産出することが分かり、1907年、リン鉱石の採掘が開始された。ツルハシとバケツで採掘したのは中国人、島の先住人は海辺で釣りなどしてぼんやりと過ごした。

1970年リン鉱石の採掘権がナウルに完全譲渡、リン採掘事業の国有化しその収益のほとんどがナウルの国庫に収まりナウルのGDPは一人当たり2万ドル近くになり世界で最も豊かな国の一つになった。ナウル燐鉱公社が採掘と輸出を行い、利益の半分は国庫に、残りの半分は長老たちがつくるナウル地方政府評議会が管理した。評議会は採掘場の土地を持っている人に平等にお金を支払い、残ったお金は積立預金にしたり投資したりした。ナウル人のほとんどが土地の所有者だった。野菜や果物を作っていた土地を採掘場にし、食料は缶詰で輸入した。リン鉱石の採掘は外国人が行った。税金はタダ、教育、病院、電気代もタダになり結婚すると2LDKの新居を提供してもらえた。ナウル人はドライブや魚釣りを楽しみ海外へショッピングに行く人もいた。

ナウル人は公務員となった10%の人をのぞきほとんど働かなかった。つまり失業率は90%だったが収入は大統領まで含めほぼ同額であった。ナウル人の多くはこの生活が永遠に続くものと考えていただろうし、その意味でベーシックインカムの実験が始まったと言える。自炊もせず、食事は外国人が経営するレストランですませ、個人の住宅の片づけや掃除のため、国が家政婦を雇った。

ナウル人の肥満率は高く、成人の肥満率ランキングでは189か国中トップの71.1%(偏差値91.7)である。ちなみに日本は166位で肥満率4.5%である。また国民の30%以上が糖尿病を患っており、人口比の罹患率は世界一である。贅沢を覚え働かないと不健康になるのではないか。

ナウル人は1世紀近くにわたり、働かずに収入を得ていたため、ほとんどの国民が勤労意欲以前に労働そのものを知らないためである。政府が小学校の高学年で働き方を教える授業を行い、将来の国を担う子供たちの労働意欲を与えようという対策がなされた。

政府は漁港を開発し公営の魚市場が作られたが、魚師のなり手はいなかった。ナウル人にとって魚を獲るのはレジャーになっていた。魚が獲れれば自分で食べてしまう。レストランに行けばいくらでも魚料理は食べられる。せっかくの漁港も暑さしのぎのプールになってしまった。

巨額の収入をもたらしたリン鉱石の採掘だが、資源には限りがあり、1990年代には収入が目に見えて減ってきて電力不足や燃料不足、飲料水不足が深刻化した。収入が多かった頃に適切な対応がなされていたらナウルは末永く豊かな国でありつづけていただろう。あるいはノルウェー政府年金ファンドや日本の年金積立金の運用方法を真似て稼いだ資金を運用すべきだった。実際の資金運用は失敗続きだった。海外投資からはリターンは得られず元本さえも消えた。1986年からは大統領が次々入れ替わった。政治指導者は国家のお金と自分の財布を混同。閣僚の妻や子供をはじめとする親族が国家のカネをネコババした。銀行を次々設立、税金はタダ、財産が隠せるようにし、マネーロンダリングに手を貸した。国籍を2.5万ドルで販売しパスポートを発行、アメリカはナウルをならず者国家と呼んだ。アメリカの2001年9月11日のテロの後、世界中がテロリストに対する引き締めを行い、ナウル銀行は破綻しナウルは蓄積していた資金を失った。

2007年に日本テレビの『世界の果てまでイッテQ!』が「地球の歩き方」のナウル版を制作する企画で取材班が訪れた際には、日中の街中をうろつき回る多数の島民の姿が映し出されていた。これは1世紀近くにわたり、働かずに収入を得ていたため、ほとんどの国民が勤労意欲以前に労働そのものを知らないためである。かつては農業もあったのだが、リン鉱石を採掘して農地は荒らされ今は農業もできなくなっている。

お金がたくさんあれば、それを国民に配るだけでいいというベーシックインカムの考えが一つの国を破産へと導いたのではないか。お金があるから自炊せずレストランで食事をし、島の周りをぐるぐる回るだけ。国民がもっと生き甲斐を感じられる社会システムはなかったのだろうか。例えば、リン鉱石の年間の採掘量を制限し不必要に所得を増やすことを止め、国内の観光業を育てるため島をテーマパーク化したり、海水浴場やダイビングができる海として整備したりしていたらどうなったか。一部の国民に外国から専門家を招きノルウェー政府年金ファンドや日本の年金積立金の運用方法を勉強させ資金の運用をさせる。世界の金融制度を勉強させていたらナウル銀行の破綻もなかっただろう。様々な分野の専門家を海外から招き、学生に勉強をさせて専門家を育てていたらナウル経済の破綻はなかった。カネがあるから単に配るというのでなく、国民全員がより充実した仕事ができるようにするためにカネを使うのがJODであり、解放主義社会の精神である。もしナウル政府が国民に対し、「ナウルを近代国家にするために協力してほしい。協力してくれた人にはその貢献度に応じ奨励金を払う」と宣言していたら、ナウル人の協力者が多数現れたに違いない。それは明治維新の時の日本の事情に似ていただろう。

同じような事情はAI/ロボットが雇用を人間から奪ったときも遭遇するに違いない。その時人間は何をすればよいのか皆で考えなければならない。よいアイディアを出した人には報奨金を払うべきだ。全員が同額の給料を受け取るというベーシックインカムから一歩進んだ考えとなる。

ナウルの失敗はどこの国でも起こりうる。AI/ロボットが発展し一握りの資本家だけに富が集中すると資本家は国民の利益を無視し国を間違った方向に変えてしまう可能性がある。

ナウルの状況と似ているところがあるのがベネズエラである。1950年頃から原油高のため西半球で最も経済的に繁栄する国となったが石油収入に頼り国内産業を育ててこなかった。富が一部の富裕層に集中した。2013年3月5日、チャベス大統領は癌により死去した後、腹心であったニコラス・マドゥーロ副大統領が政権を継承した。その後の数年間、暴力と飢えがベネズエラの象徴となり、ハイパーインフレが発生し、同国から脱出する移民の数がかつてないレベルにまで達した。ベネズエラ経済は政策の失敗や汚職により急激に悪化し、同国は危機の只中にあった。2018年5月のマドゥロ氏は再選されたが、抑圧・詐欺・不正選挙であると報じられ、大いに批判された。かつて裕福な国だったベネズエラだが、原油収入に頼り国内産業が育たず、富の集中が起こり、原油価格の下落で経済が破綻し極度の物不足となった事を考えればナウル共和国の失敗に共通するところがある。ただし豊富な原油や天然資源により莫大な貿易利益がありながら貧富の格差が大きく、政府の腐敗に反発した国民が暴動を起こしている点は異なっている。つまりベネズエラの場合はベーシックインカムとは程遠いのである。

ナウルとベネズエラで共通していることは、富と権力がごく一部の人たちに集中し民主主義が守られず国民のための政治ができなくなってしまっていることである。現在も格差拡大が問題になっている。労働がAI/ロボットに奪われると富はごく一部の資本家に集中することとなり、悪くすると一握りの資本家が政治にも影響力を及ぼすようになり政治が腐敗すると国民は悲惨な運命をたどることとなる可能性がある。それを防ぐには民主的な政府が続いている間に国が通貨発行権を行使し政府が資本家に集中しつつある富を買い取ることだ。具体的には例えば株式を徐々に買っていくことだ。ただし、原則的に経営には口出ししないほうがよい。政府はその企業の経営など分かるわけがなく、余計な口出しをすると経営がおかしくなる可能性がある。ただし企業の利益の一部を政府が吸収し、それを国民に配るようにする。国民から公正な選挙で選ばれた政府であれば、国民の生活を第一に考えるだろうから、このようなことができるはずでありこれこそが解放主義である。

解放主義においては、希望者全員を公務員として採用する。そして本人の希望を聞き適材適所で仕事を割り当てる。社会の発展、人の幸福に大きく貢献した人には多くの給料を払うが、最も給料の少ない人でも十分暮らしていけるようにする。この意味解放主義はベーシックインカムの考えを含んでいるし、その改良版であるともいえる。

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コメント

 今日は。higashiyamato1979です。矢張り人は本当に好きなことをして報酬を得るのが一番幸せです。
 それでは決まり文句! お金が無ければ刷りなさい! 労働はロボットに!人間は貴族に!

投稿: higashiyamato1979 | 2019年3月17日 (日) 12時43分

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