コロナ禍による日本経済の深刻な落ち込みに対する政府の対策が極めて重要になる。4月30日に令和2年度の第1次補正予算が成立し、1人一律10万円の特別定額給付金の支給が決定した。この決定には多くの国民は賛成している。国は国民に使用目的を限定せずにお金を配る。少数ではあるがこの政策に不満・不安を持つ人はいる。その理由を列挙してみよう。
①コロナ禍で収入が減った人を中心にもっと額を増やして欲しかった。
②このお金は国債発行が財源になっており、国の借金だから将来国に返さなければならない。
③激しいインフレになるのではないか。
④国債が暴落し、金利が急騰するのではないか。
⑤円が信認を失い暴落するのではないか。
⑥どうせ給付金は貯金に回るだけで意味がない。
この政策はベーシックインカムが将来本格的に実行されるときのための貴重なデータを提供する。『文春オンライン』では、緊急アンケートとして「新型コロナ緊急対策『1人10万円給付』に賛成? 反対?」を実施。5日間で総数905票、20代~80代から回答が得られた。結果は賛成が731票(80.8%)、反対が174票(19.2%)と圧倒的に賛成が多かった。つまり②~⑤についてはあまり議論になっていない。それなら、もっと支給金額を増やしたらどうなるのか気になる。そんなことをしたら大変なことになるのではないかと心配する人がいて、その理由は②~⑤だ。しかしよく考えて欲しい。本当にこれらの事が起きるのか、起きるとしたらどのタイミングか。あたかも「禁断の実」であるかのように捉え、食べたら死んでしまうと思っているのかもしれない。しかしこれは誰も確かめたことはない。もっと多くの現金を支給したとき、日本国民にとって大変な富をもたらし、コロナ禍で大打撃を受けた経済をV字回復させることができるという可能性はないのだろうか。
国の債務残高が増えると金利が急騰し国債が暴落するとの主張は1982年にも見られた。当時国債残高は今の10分の1しかなかったのだが、財政非常事態宣言が出された。しかし国債残高は増加し続けたが金利は逆に下がり続けた。このことから国の債務残高が増えれば金利が急騰するという説は現在の日本には当てはまらない。また激しいインフレになるという説も、これだけ債務残高が増えても激しいインフレになっておらずやはり当てはまらない。
一般に言われている説が本当に正しいのかを検証するために我々は日経NEEDS日本経済モデルを使って計算してみた。政府がもっと大規模に現金を給付する場合を考える。給付金額を年間40万円、80万円、120万円とし、全く給付しない場合と比べる。ただし、全く給付しないと言ってもすでに給付が始まっている10万円は給付が完了したものとする。給付金額は年4回に分け、Q1(1月~3月)、Q2(4月~6月)、Q3(7月~9月)、Q4(10月~12月)の4回配り、その合計額が上記の金額(40万円、80万円、120万円)になるようにし2022Q1まで支給は続けるものとして計算した。まず名目GDPを示す。計算の基礎となっているのが、日経新聞社が2020年6月に出したデータであり、これには第1次と第2次の補正予算の効果はすでに反映されている。

ここですぐ気付くのは2020Q2で落ち込んでいることだ。これはコロナ禍で自粛させられたために経済活動が停滞したことが原因となっている。ただし、この見積もりは5月26日に日経が発表したデータを使った。0円の場合はコロナ禍による落ち込みからなかなか脱却できないでいる。このままだと安部氏の任期である来年の9月になっても目9位木GDPは520兆円余りであり、アベノミクスではGDPは増えなかったことになる。支給金額を増やしていくとV字回復が鮮明になってくる。支給額が増えれば増えるほどGDPは拡大していく。120万円を配る案では、2年後にはGDPは600兆円を超し、夢の世界の実現である。国民に現金を支給するとなぜGDPが増大するのかと言えば、それは消費が伸びるからでありどの程度伸びるかを次に示す。

このように、国民は支給されたお金を使うので消費が伸びることが分かる。ここで気になるのはインフレが起きるのではないかということだ。もしそうならお金をもらっても何にもならない。以下に消費者物価指数をグラフで示す。

このグラフで分かることは物価の値上がりは非常に少ないということだ。120万円のケースでさえ物価指数はやっと2年後に2020Q1の水準にもどすだけである。このことはコロナ禍によるダメージを取り戻すためには全国民に120万円を2回給付しなければならないことを意味する。まとまったお金を受け取れる国民にとっては嬉しい。消費は伸びるが物価は上がらないということは、需要の伸びに対し供給は対応できるということだ。ただし供給を大幅に増やす事は容易ではないと思われる分野もある。例えば住宅投資だ。例えば5人世帯の場合支給されるので年間600万円であり、2年間で1200万円だ。それだけ収入が増えれば改築、増築、新築の需要は一気に増えることが考えられる。住宅投資のグラフは以下に示す。

120万円の場合、2022Q1では投資額はほぼ倍増している。このような爆発的な需要増加に対応するのは至難の業に違いない。現在建築業界では深刻な人手不足である。低賃金で長時間労働で肉体的な負担も大きく危険を伴うこともあるため若い人が入ってこない。そこで外国人を入れて補充しようとしている。しかしコロナ禍のためスムーズにそれが進むかどうか分からない。建材の需要も急増するだろうし、住宅建設には多くの熟練工が必要となり、短期間で養成は無理だから注文してもそれなりに待たされることになるだろう。需要が急増すれば賃金を上げなければ人は確保できないから建設コストは上昇するに違いない。
ただし全ての業種でこのような事態になるとは思えない。日本は慢性的な需要不足が続いている。次にGDPギャップを示す。このグラフが示しているのは、もし支給金額がゼロならGDPギャップがずっとマイナスであり需要不足が続くということだ。かなりの額を支給し続けてもインフレにならないということは、供給に余裕があるとうことだし、需要が増えれば製造ラインを増やしたり輸入を増やしたりして対応できるということだ。

次に長期金利(10年物国債利回り)を示す。金利は非常に低いレベルに留まっていることが分かる。2018年度の内部留保は463兆円にも達しておりコロナ禍であっても資金不足にはならないかもしれない。日銀は市場に大量に資金を提供しており、ここで計算した範囲内では国債の暴落(金利の暴騰)はあり得ない事が分かった。

消費や投資が拡大することから経済は活性化し企業の利益は大きく拡大する。

これで分かるように現金給付は個人に大きな利益があるだけでなく企業にも大きな利益をもたらす。例えば2022Q1で120万円の場合を見ると経常利益は0円の場合の約2.5倍にもなる。そのような巨額の利益が発生するのなら設備投資も巨額になると考えるのが自然である。

しかしこのグラフで分かるように設備投資は2022Q1で120万円の場合0円の場合に比べて約20%増えただけだ。国内需要が大きく伸びているのだからもっと設備投資が伸びてもよいかと思うのだがそうなっていないようだ。企業業績が好調なのだから当然株価は上昇する。
企業の利益が拡大すると雇用者報酬も上昇するはずだから、グラフにしてみよう。グラフからわかるように雇用者報酬の上昇率は経常利益の上昇率よりはるかに小さい。

2022Q1においては企業の経常利益は0円に比べて120万円の場合22兆円多くなっている。設備投資においてはその差は5兆円であり、雇用者報酬ではその差は4兆円である。つまり企業に大きな利益が出ても雇用者の手に渡るのは僅かだと分かる。この傾向は例えば公共投資や減税で景気刺激を行っても労働者の所得の増加額は僅かであることはすでに示した。
http://ajer.cocolog-nifty.com/blog/2020/04/post-ebaa09.html
しかし、例えば120万円を国民全体に給付する場合、給付自体ですでに150兆円の現金が国民に渡っているのであり、それに加え4兆円が雇用者報酬の増加という形で国民に渡る。その意味で国民を豊かにするという観点からは、現金給付という方法が最良の方法である。

企業の業績が向上すると株価は大きく上昇する。しかし1989年につけた最高値38,915円には届かない。それでも2022Q1頃には120万円給付の場合株式時価総額は1000兆円に近づく。株価上昇で家計も企業も資産残高を大きく増やす。
ここで見たようにコロナ禍による経済の落ち込みは極めて深刻であり、戦後経験したことがないほどの規模である。これに対する対策は想像を絶するほどの大規模なものでなければならないことをここで示した。毎月全国民に10万円を2年間給付するのが適切な規模であることをこの試算は示唆している。もちろん特に困っている人々に重点的に給付するということも重要だが、大規模で行わなければならないことを忘れないで頂きたい。