公共投資の経済効果を日経のモデルで調べた(No.430)
景気対策の定番は公共事業なので、公共事業費を増額したときにどのような影響がでるかを日経NEEDS日本経済モデル MACRO80を使い、2020年9月に日経が発表したデータを使って計算した。公共投資と言っても何をするかによって技術者や業者が対応できるかどうか分からないのだが、ここはそれが対応できたと仮定し、2020Q4(10月~12月)から予算を通常の予算より一定額増加させて計算した。その増加額は0兆円、10兆円、20兆円、30兆円の4種類とした。
まず名目GDPを図1で示す。
図1
2020年のQ2(4月~6月)にはコロナ禍で名目GDPが約40兆円押し下げられている。図1と前々論文(No.428))の図2を比較すると、国民全員に約20万円を給付するのと公共投資を10兆円増額するのとで、ほぼGDP押し上げ効果は同じということとなる。つまり効率だけ考えると公共投資のほうが約2倍効率がよい。しかし公共投資増額による雇用者報酬の増加率は僅かであり、国民の収入増を考えれば現金給付のほうがはるかによい。次に実質GDPを考える。
前論文(No.429)と前々論文(No.428)の実質GDPを比べるとそれぞれの押し上げ効果を比較できる。2023Q1で実質GDPが540~550兆円にあるのは、
①一人当たり20万円を国民全員に給付
②消費税率を5%にする
③公共投資を10兆円増額
となる。政府の年間の負担額は①が25兆円、②が11兆円、③が10兆円であるから、一見すると公共投資が最も効率的にGDPを押し上げることができるように見える。それでは一人当たりの雇用者報酬を比べてみる。2021Q1~2021Q4の合計を比べる。
①471万円
②472万円
③473万円
やはり公共投資が最も給料を押し上げることが分かる。しかし例えば父親だけ働いている親子4人家族を考えれば、現金給付金を80万円もらっているわけで、①は551万円となるから断トツでトップとなる。日本は長期にわたって実質賃金は下がり続けている一方で企業収益は伸びている。つまり企業にお金は溜まるが国民にはお金は行かない。AI/ロボットが労働を代替するようになれば、ますますその傾向が強まり、何らかの対策が必要となる。その意味では現金給付は重要さを増す。このことに関しては小野盛司(2019)を参照して頂きたい。次に民間最終消費のグラフを示す。
図3
公共投資を増やしても消費はあまり伸びない。賃金の上昇が僅かだからだ。前論文(No429)で示したように消費減税でジワジワ消費は伸びるがそれも限定的だ。何しろコロナ禍による消費減少が余りにも大きかったために、元の水準に戻るのは時間がかかる。それに比べ論文No.428で示したように現金給付は消費を力強く押し上げる。ただし、これはコロナが収束して人々が自由に娯楽を楽しめる状態になることが大前提だ。いくら現金給付をしても、家に閉じこもっているだけではやれることは限られているから。
図4
図4で分かるように,公共投資を増やしてもそれほど物価を押し上げない。それは雇用者報酬の増加が限定的だからである。
財政支出が拡大すれば、それは国民へと流れる。お金を国民が持てば住宅にも投資する。バブルの後、高騰する地価を下げるため1990年頃からバブル潰しが始まった。「年収の5倍でマイホームが買えるように」という目標で、1990年には公定歩合を6%に上げ土地を買いにくくした。カネが無ければマイホームは買えないから地価は下がりマイホームの値段も下がった。しかし新築住宅着工件数も下がっていった。地価を下げればマイホームが買いやすくなるだろうという政治家の思惑は外れた。むしろ国民の可処分所得を増やした方が、多くの国民がマイホームを買えただろう。
図6
この図よりデフレギャップをプラスにしようと思えば10兆円では足りずそれ以上公共投資を増やすことが必要になることが分かる。ここまで3種類の景気刺激策を検討してきたが、明かになったのはデフレ脱却には、すさまじい景気刺激策が必要なことだ。このことはすでに小野盛司(2003)で詳しく説明されていたし、ここでの試算と整合的である。
図7
これだけ大規模な景気刺激策をするのにも係わらず、長期金利はほとんど上がりそうもない。1990年には長期金利は8%台に達していたが、需要不足とカネあまりの時代の今、金利は上がりそうもない。景気の下支えのため日銀は無制限に国債を買うと言っており、また長期金利は制御可能とも言っているので、金利は簡単には上がらない。つまり国債の暴落はあり得ない。
このグラフと前論文(No.429)と前々論文(No.428)を比べると
①一人当たり40万円を国民全員に給付
②消費税率を0%にする
③公共投資を20兆円増額
が似た押し上げ効果を持つことが分かる。
図9
このグラフと前論文(No.429)と前々論文(No.428)を比べると消費減税の場合、税率を変えても設備投資はあまり変わらないが、公共投資の場合は投資額を変えるとかなり設備投資額は変わってくることが分かる。ただしこの3つの場合に共通して言えることは、強烈な景気刺激策を行っても、20201Qのレベルに戻るのは2年近く掛かるということ。
図10
例えば前論文(No.429)と前々論文(No.428)を単純に比べると、雇用者報酬の増加率は公共投資20兆円増加に相当するのは消費税率0%である。しかしながら消費税率0%だと、物価は消費税分だけ下がっているのだから、消費者はその分は利益を得ている。国民にとっての利益は消費税が無くなった分に賃金の上昇を合わせたものである。一方で公共投資増額はインフラ整備という意味で国民は利益を得る。現金給付であるが、これは受け取った現金に加え賃金も上昇するのだから国民にとっての利益は大きい。企業経営者とそれ以外の国民で、富の分配を考えたとき、現金給付の場合が最もそれ以外の国民が多くの分配を受けるようになる。
図11
公共投資の増額は比較的容易に株価を押し上げるように見えるが、消費税減税の場合は例えば税率0%の場合消費税分がすべての物の値段から引かれる。株価も同様であり、本来は「実質」で比べなければならないとうことで、その分プラスして考えなければならない。コロナ禍、米国大統領選、東京オリンピックなどの結果次第で大きく予測から外れる可能性がある。
文献
小野盛司(2019)『資本主義から解放主義へ』三省堂書店
小野盛司(2003)『これでいける日本経済復活論 シミュレーションで明らかになった驚きの事実』 ナビ出版
この試算に協力して下さいました荒井潤氏と山下元氏に感謝いたします。
本試算では日経新聞社の承認を得てNEEDS日本経済モデルMACROQ79を使用しましたが、その推計結果に関しては日本経済新聞社が承認したものではありません。
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